サンパウロ州ピラール・ド・スール市で柿などの果樹栽培農業に従事する日系人たちは、天候不順、価格変動などのリスクに対応しつつ経営を合理化し市場と向き合うと同時に、栽培者として日々作物と向き合い、栽培者同士で土地、販路、技術の共有に積極的に取り組んでいる。ブラジルに渡った日系人たちが、人間・作物・生態環境の三者間関係の中で「農を業に」してきた軌跡、連帯・協同・仲間意識によって営みを持続するに伴い培われ、その安定的な経営と栽培を支える日系人の固有の「モラル」が、果樹園経営を通じて農業(産業)のどこかに「農民」「農」の根源を発見し、農業に再び適応させて「農を取り戻し」ていると著者は主張する。「農」の根源である「果樹との対話」と「モラル」によって、現代ブラジル地域社会に浸透するグローバル市場経済システムの中にあっても、日系人は「農を業にする」と「農を取り戻す」という二つの展開を両立していると説く著者の論理は難解だが、同地の日系農園の手伝いをしながら長くフィールドワークを行ったため、同地の日系「植民地」の造成、日系協同組合の再編、柿栽培の状況などがコラム4編とともに分かり易く描写されている。著者の専門は社会人類学、地域研究で、ブラジルを研究する日本学術振興会特別研究員(PD)、本書は東京都立大学へ提出した博士論文を基にしている。
〔桜井 敏浩〕
(春風社 2024年1月 314頁 4,400円+税 ISBN978-4-86110-887-7)
〔『ラテンアメリカ時報』2024年春号(No.1446)より〕