連載エッセイ369:硯田一弘「南米現地最新レポート」その58 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ369:硯田一弘「南米現地最新レポート」その58


連載エッセイ369

「南米現地最新レポート」その58

執筆者:硯田一弘(アディルザス代表取締役)

「6月2日」

ブラジルの言葉 inundação(イヌンダソン)=洪水 英:flood 西:inundación

4月下旬の豪雨から、ブラジル南部Rio Grande do Sul州(RS)で広範囲にわたる大規模な洪水が発生して一か月以上が経過しました。

特に大きな被害を被ったPorto Alegre市では、街のほぼ全域が冠水しており、一カ月間に亘って高い水位のままであったことから、住民の健康問題を含めて重篤な問題が発生しています。

今日のニュースでは、今回氾濫を起こしたグアイバ川の水位が下がり始めたと伝えていますが、 https://www.youtube.com/watch?v=EwnpC1C6SPA長引く浸水の影響で、健康被害も広がっている模様です。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240531/k10014466641000.html

今週火曜日には、パラグアイからの援助物資を出荷する式典が開催され、40台の大型トラックが食料品や医薬品・衣料品などを満載して被災地に向けて出発しました。
https://www.lanacion.com.py/politica_edicion_impresa/2024/05/30/paragu ay-no-se-quedara-con-los-brazos-cruzados/

招待を受けてこの式典に参加してきましたが、パラグアイ政府を代表して緊急事態庁の長官、ブラジルからは駐パラグアイブラジル大使が参加され、過去パラグアイが災害で大変な目に遭った時に最初に救いの手を差し伸べてくれた隣国への応援を、両国友好の証として確認し、被災地の一刻も早い復興を参加者全員が祈祷しました。

因みに、Rio Grande do Sul州のあちこちで冠水したり陥没した国道の復旧だけで、約2億ドル相当の資金が必要になるそうで、これ以外にも主要な農産物の産地である同州が受けた被害の額は、過去に例を見ない大きな数字に膨れ上がることが懸念されますし、世界の食料品価格にも少なからぬ影響を与えることになりそうです。

ところで、今日6月1日は「世界牛乳の日」だそうで、La Nacion紙はパラグアイでの牛乳の生産や消費の現状について紹介しています。
https://www.lanacion.com.py/negocios/2024/06/01/dia-mundial-de-la-leche-cadenade-valor-de-gran-impacto-en-la-economia-paraguaya/

これによりますと、2023年のパラグアイにおける牛乳の生産量は88万キロリットルで、国民一人当たりの年間消費量は135ℓで、国連食糧農業機関FAOが推奨する180ℓには満たないものの、過去30年の間に着実に増えていることが読み取れます。

因みに日本の牛乳生産量は約760万トン、一人当たりの消費量は31㎏で、国際水準を大きく下回っているそうです。ただ、生産量を人口で割ると一人60ℓ程度という数字になるので、日本のデータは飲料用生乳の消費量と考えられます。

一方パラグアイの年間135ℓという数字は、チーズやバター等の乳製品に加工されるものも含めた数字と考えられます。
https://ourworldindata.org/grapher/milk-production-tonnes?tab=table

とは言うモノの、やはり日本の消費量は少ない印象です。コロナ禍以降、飼料穀物の値上がり等で日本の酪農家の皆さんは大変なご苦労をされています。日本の皆さん、もっと牛乳を飲んでください。
https://www.jacom.or.jp/nousei/news/2023/12/231201-70970.php

「6月9日」

パラグアイの言葉 amenaza(アメナサ)=脅威 英:threat 葡:ameaça

韓国のサムスン電子でのストライキが話題になっていますが、パラグアイでも今週末はバス運転手たちによるスト決行の通知に関する動きが報じられました。
https://www.lanacion.com.py/politica_edicion_impresa/2024/06/07/pena-anunciaque-no-cedera-ante-los-chantajes-de-transportistas/

先ず、ペニャ大統領が「スト決行という脅しには屈しない」と宣言をして、逆にこれが週明けの交通に影響を及ぼす懸念を増幅しました。その後も政府と組合との協議は続けられたものの、話し合いは平行線を辿っていて交通マヒの脅威は続いているとの報道がされました。 https://www.lanacion.com.py/pais/2024/06/07/nuevamente-no-hubo-acuerdocon-transportistas-y-sigue-amenaza-de-paro/
しかし、今日土曜日にも関係者の間での交渉が行われ、最終的にストライキは撤回されることで双方が合意しました。https://www.abc.com.py/nacionales/2024/06/08/gobiernollega-a-un-acuerdo-con-cetrapam-y-levantan-paro-del-transporte/
これがベネズエラやアルゼンチン・ブラジルなど労働者の権利意識の高い国々であれば、ストは不可避だったと思われますが、経済優先を標榜するパラグアイ政府の労働者対策は周辺国とは異なる良い結果をもたらしたと言えるでしょう。

交通系のニュースで気になったのは、自動車メーカーのフォードがアルゼンチンでの営業に力を入れるというもので、南米地域の統括拠点をアルゼンチンに置くことにした模様です。 https://www.cronista.com/negocios/alerta-ford-se-restructura-y-argentinase-posiciona-como-cabeza-regional/

そのアルゼンチンでは昨年11月のミレイ政権発足以降、経済合理性を優先した政策で財政の健全化に努めてきましたが、ここに来て公定レートと市中レートとの乖離が開き始め、インフレにも歯止めがかからない状況が続いています。

そんな環境にもかかわらず、自動車メーカーのフォードは2021年に最大の市場であるブラジルから撤退しており、その跡地に中国のBYDが進出を表明して現在工場の建設を進めているが、最大市場を捨てて、経済リスクの非常に高いアルゼンチンで攻勢をかけようとする理由が何であるのか?興味深いところです。

確かにアルゼンチンでの市場シェアは回復傾向にある上に、ミレイ政権の財政健全化の動きは各国から前向きな評価を得ているものの、三国国境のパラグアイ側エステ市には、最近の外貨規制の緩和を受けてアルゼンチンからの買い物客が増加傾向にあるとのことで、これは良い話ですが、一方で相対的に通貨価値が下落しているために安価な農産物が違法に持ち込まれて、パラグアイ国内の農家の脅威になる懸念もありますので、隣国の動きには益々注意が必要となっています。

「6月16日」

パラグアイの言葉 acuerdo(アクエルド)=合意・協定  英:agreement 葡:acordo

例年6月12日はDía de la Paz del Chaco(チャコ平和の日)という祝日ですが、今年は12日が水曜日であったために、政府が日程をずらして10日月曜日とし、三連休となりました。チャコ平和の日とは、1932年(昭和7年)9月にボリビアがパラグアイに攻め入り、35年(昭和10年)6月12日に終結した二国間戦争の終わりを祝う日で、パラグアイでは祝日ですが、ボリビアでは平日であるようです。

先週6月6日は第二次世界大戦で連合軍がノルマンディ上陸作戦を仕掛けた日として今でも当時の欧州連合国でこの日を祝っていますが、今回パラグアイのペニャ大統領は、ボリビアに出向いて両国の関係強化と今後の協調についての協定に調印してきました。
https://www.lanacion.com.py/politica_edicion_impresa/2024/06/14/paraguay-ybolivia-acuerdan-invertir-en-infraestructura/

隣国との関係がとかくギクシャクしがちなのは洋の東西・緯度の南北を問わないもので、南米では歴史的な領土解釈からサッカーの強弱まで含めて色々なライバル意識が存在します。そもそもライバルrivalという単語は、同じ水源=川(river)の水利権を争った関係者同士という語源を持ち、土地の領有権や資源の所有権をめぐって隣国同士が争うというもの。特に日本と異なり地続きの国境を持つ多くの南米の国々では、ベネズエラとコロンビアやガイアナの様に今でも紛争のタネを持つ地域もありますが、その他の国々は、現在は概ね隣国との関係を良好に維持する努力を双方がしているように見受けられます。

パラグアイとボリビアとの戦争は、国境地域であるチャコ地方で石油が発見され、その権利を獲得すべくボリビアがパラグアイ領土に侵攻したことがキッカケであると言われています。先週、日本海の韓国領海内で大量の石油とガス資源が発見されたと尹錫悦大統領が発表しました。

https://jp.reuters.com/world/korea/3QCBVBVJGJKPPPMF3XXEU3ULDY-2024-06-03/

これが本当なら、日本海とは言え、韓国東海岸の領海内の資源ですので、産出される資源は全て隣国のモノとなることは確実です。

実は、今日6月15日は62年前にパラグアイと韓国が国交を結んだ記念日であり、これに合わせて韓国大使はパラグアイの学校での韓国語教育プログラムを推進する旨の合意を今週12日にパラグアイ教育大臣と共同で発表しています。

https://www.rdn.com.py/2024/06/12/paraguay-y-corea-del-sur-acuerdan-ensenanzade-idioma-coreano-en-escuelas/

イタイプ公団での電気自動車に関する研究で、韓国の自動車技術院が積極的に投資を行っていることは先にお伝えしましたが、色々な点で日本のプレゼンスがかすむような事態が進んでいる様に感じます。筆者が住むパラグアイ国境のエステ市エリアは南米の香港とも称され、商業でも有名な地域ですが、ここでも家電やコスメティックスなど、かつて日本が世界を席巻した分野で、韓国ブランドの優位性が目につくようになっています。先月パラグアイを訪問した岸田総理大臣はペニャ大統領と会談は行ったものの、具体的な合意事項があったとは報じられていません。   

https://www.gov-online.go.jp/press_conferences/prime_minister/202405/video-283913.html

https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2024/0503folum.html

協議中の投資協定がいつ実現するのか、御多忙な首相が本件を積極的に推進されるかは不明ですが、事務方の皆様には、引き続き日本のプレゼンス向上のための継続的なご尽力をお願いしたいところです。

「6月23日」

パラグアイの言葉 competitividad(コンペティティビダ)=競争力 英:competitiveness 葡: competitividade

パラグアイでは、7月1日から適用される最低賃金が発表されました。現在の最低賃金は昨年7月1日に改正されたGs.2,680,373で、今回の改定によって4.4%=Gs.117,936=約16.7ドル=約2,500円増額されます。

過去10年の記録を改めて見ましても、ほぼ一貫して3~4%のレンジで賃金が上昇していることが判りますが、これをその時点でのドルレートで換算してみると、350ドル前後で大きくぶれていないことが判ります。つまり、ドルベースで視ると人件費は大きくは変わらないというもので、これは他のラ米諸国でも概ね当てはまると思われます。

一方、ラ米各国の米ドル換算の最低賃金を比べてみると、以下のようになっています。比べてみると、最低賃金が非常に低い国が多いことが判ります。パラグアイより高いのは、チリ・エクアドル・メキシコ・ウルグアイの4カ国で、大国ブラジルをはじめとする多くの国々で最低賃金がパラグアイに劣後しています。これまでも何度も書きましたが、雇用のコストは社会保障や雇用期間の強制などという要素も含めれるので、単純に最低賃金=労働コストと見做す訳には行きません。ブラジルやアルゼンチンの賃金が安いから、外国資本にとって投資がしやすいか、というと、そうでないのは労働者保護の名目での政府による足枷が重くのしかかるからです。

一方、今週はブルームバーグによる「ラ米各国での生活費の比較」も公表されました。以下のグラフは、住宅費以外の食品や医薬品等の必需品にかかる一か月のコストを示したものですが、パラグアイでは一カ月平均446 ドルで済むのに対し、ウルグアイでは二倍近い887ドル必要との事。
https://www.lanacion.com.py/negocios_edicion_impresa/2024/06/20/paraguay-elpais-mas-economico-para-vivir-en-latinoamerica/

失政で多くの国民が国外に脱出しているベネズエラのコストが601ドルとされていますが、これは実体経済と乖離した為替レートを公式データに用いているためで、日本の為替を75円/ドルで表現するようなもの。実態は平均の一か月の給料は10ドル以下と言われており、だから国外への脱出が止まらないわけです。因みに日本で100円の品物は、現在の為替(¥160/$)では0.62ドルですが、¥75/$の頃

(2011年)は1.33ドル。つまり、かつての半額以下で日本のモノが買えたり食べたりできるのですから、外国から人が押し寄せる理由も良く判るでしょう。

その意味で、日本はベネズエラやアルゼンチンと極似した国情となっているとも言えるのです。

この生活費を最低賃金で割り戻すと、また面白い分析が出来ます。

パラグアイ   1.2倍
アルゼンチン  3.1倍
ペルー     1.8倍
コロンビア   1.6倍
エクアドル   1.2倍
ブラジル    1.9倍
ウルグアイ   1.6倍

倍率が大きい程、最低賃金一人分での生活が厳しいことを現わす指数になります。

こうして比較すると、パラグアイの暮らしやすさが際立って見えます。同じ低倍率のエクアドルも経済的には魅力的ですが、複雑な政治情勢による治安の悪化が進んでいるようなので、暮らしやすい環境ではなくなっているようです。

今週は国別の競争力ランキングの記事も日経に掲載されていました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC17BZV0X10C24A6000000/

この出典となったIMDのホームページには、記事に出ていなかった各国の序列が紹介されています。
https://www.imd.org/centers/wcc/world-competitiveness-center/rankings/worldcompetitiveness-ranking/rankings/wcr-rankings/#_tab_Rank

これによると、調査対象となった全67カ国中、38位となった日本はタイ(25位)やインドネシア(27位)、マレーシア(34位)にも劣後していることが判ります。だた、南米では最高位のチリが44位、コロンビアが57位、ブラジル62位、ペルー63位、アルゼンチン66位、ベネズエラ67位となっていて、ベネズエラはともかくとして、南米各国の位置付けが低すぎる点が気になります。

国際比較というのは、何を基準にどう比較するか?で随分結果が異なって見えますが、南米域内に絞って観察する限り、学術的なIMDの指標よりも、生活費÷最低賃金という単純な算数の方が南米の実態を現わしていると思いますが、いかがでしょうか。

「6月30日」

ペルーの言葉 robo(ロボ)=盗難・強奪 英:theft 葡:roubo

ペルーからショッキングな映像と記事が送られてきました。
https://elcomercio.pe/peru/mas-de-3-millones-de-peruanos-fueron-victimas-de-robo-en-el-2023-1-de-cada-4-ha-sufrido-un-hecho-delictivo-inseguridad-robos-delincuencia-noticias-asaltos-estafas-secuestros-seguridad-crimen-noticia/この記事によると、昨年一年間のペルーでの盗難発生件数は約320万件、総人口が約 3400万人ですから、国民の10人に一人が盗難被害に遭ったということになります。その大部分が都市部での携帯電話・財布・現金等の強奪であるとのことで、被害者の16%しか警察には届け出ていないとのこと。届も出てない被害がどのように把握されるのか?若干不思議なところもありますが、こうした窃盗事件の背景には、継続的な物価上昇等による生活の困窮も原因の一つであると指摘されています。

ただ別の資料で調べたところ、ペルーのインフレ率は、南米各国の中では低い方で、単にインフレだけが治安悪化の原因とは言えないとも考えられます。
https://www.bloomberglinea.com/latinoamerica/argentina/ranking-de-inflacion-enlatinoamerica-el-2024-empezo-con-sorpresas-negativas/

右の表は今年2月に発表されたラ米各国のインフレ率です。先週のレポートで、各国の最低賃金と生活費の比較についてご披露しましたが、もうひとつ、その国の競争力について語る指標として、インフレについても考慮する必要があります。というのも、7月に最低賃金が改定される一方で、価格の上昇も発生すると、結局は物価上昇分が給与の増加分を食ってしまうことになるからです。パラグアイでは今年に入ってインフレはかなり低い水準となっており、一部の野菜等、天候等の影響を受ける食品以外の価格はほぼ安定しています。

それと、右のグラフで象徴的なのは、アルゼンチンでのミレイ政権による経済改革が順調に進んでおり、来年のインフレは大幅に縮小すると見られており、これが実現すると、1946年のペロン大統領以降80年以上もの間続いた放漫財政が本格的な改善の方向に向かうかもしれません。
https://www.5dias.com.py/analisis-macro/tras-9-meses-bcp-reporta-deflacion-del-01-en-abril

先週末、国境を艀で渡ってアルゼンチンに出向いて、現地の方々の生の声を聞いてきましたが、インフレを終息に向かわせるミレイ氏への支持は極めて高いように感じました。

ところで6月29日はペルーでは「セビチェの日」だったそうで、この週末は多くのセビチェ食堂が存在するリマのビクトリア地区でセビチェ祭りが開かれているそうです。
https://elcomercio.pe/provecho/tendencias/festival-internacional-del-ceviche-2024-todo-sobre-el-evento-gastronomico-gratis-en-la-victoria-noticia/

先週、リマに出張した友人から聞いた話では、今や世界の食通を魅了するリマのレストランでは、人気の高まりとともに値段も吊り上がっていて、席料だけで100ドル!という人気店も常に満員で予約が取れないそうです。強盗の件数が増加する一方で、高級料理店の軒数も増える。二極化の進むペルーへの訪問は、財布に厳しい旅行先になっているようです。

以上