執筆者:Ruben Rodriguez Samudio(早稲田大学法学研究科講師・パナマ共和国弁護士)
A. 社会保険庁の問題
政府が、9月16日に社会保険庁の様々な問題の解決を検討するため、民間企業、労働者、国民、および政府の代表者で構成される委員会を設けた。現在、社会保険庁が担当している年金制度および国民健康保険制度には、資金不足、サービスの質低下のような問題が悪化したことにより、国民や民間企業からの批判の声が上がっている。パナマの国民健康保険制度は二つ存在し、それぞれ保健省と社会保険庁に管理されているが、設備、機械、医者や看護師の人手不足問題が継続している。
また、2006年に行われた改正によって、パナマ年金制度は二つに分けられた。第一の「一定利益システム」(Sistema de Beneficio Definido)の元では、労働者が、最低240ヶ月分の社会保険料を納付し、その年金算定基準は「最後の10年間の最も高かった月収の平均」の60%となっている。第二の「混合システム」(Sistema Mixto)の元では、給与の500ドルまでは、「一定利益システム」と同じように、法律に定められている率に基づいて年金拠出義務があり、500ドルを超えた分の1割は個人投資口座に預けられ、受給額は口座の運用によって決まる。
「一定利益システム」の対象は、2006年時点で35歳を超えた者に限られ、その他の者は「混合システム」に入るため、2060年以降混合システムのみ残ると予測されている。しかし、近年では一定利益システムに必要な資金が不足していることが注目されている。パナマ年金制度について、[ラテンアメリカ・カリブ研究所レポート 寄稿]年⾦制度に及ぼすコロナ禍のインパクト―中⽶パナマの事例を参照。
資金不足問題の解決策として、定年年齢や社会保険料の引き上げは提案されているが、国民は反対している。
A. ムリノ大統領の国連総会演説
9月25日に行われた国連総会では、ムリノ大統領が演説した。ダリエン県から入国する移民に関して、大統領は、パナマ政府の移民への対応や救済にかかる費用は年1億ドルを超えていると強調し、その原因は、ベネズエラの独裁政権にあると明確に述べた。経済的な負担のほか、移民やパナマ国民には社会的・人道的な負担もあると説明した。特に、移民のうち、高齢者、子供、女性が影響を受け死者も出ていることに着目し、現在、パナマ政府が採用している移民入国制限および返還対策について国際社会の理解を求めた。総会後、ムリノ大統領とコロンビアのペトロ大統領が対話を行って、両国の負担となっている移民問題への対策を検討した。ムリノ大統領が、選挙活動中、違法な移民への厳しい対応を約束し、就任式前に米国のバイデン大統領に対して、コロンビアと隣接するダリエン県の国境閉鎖を提案し、コロンビアのペトロ大統領が強く反対した。アメリカ政府とパナマ政府が7月1日に署名した基本合意書によって、返還に必要な設備、交通機関、その他の支援はアメリカ政府が負担することとなっている。
さらに、ムリノ大統領は、FATF(金融活動作業部会)が作成する金融ブラックリストへのパナマの記載に賛成する国を批判した。パナマがタックス・ヘイヴンに当たらず、様々な国と禁輸情報交換要約を結んでいる上、国際社会、特にヨーロッパ連合の要求に合わせて、国内法制度の改正を何度も行っているにも関わらず、ブラックリストから削除されないことは差別的な取扱いであると述べた。さらに、ブラックリストへのパナマの記載に賛成する国の企業が、パナマで運河の利用、公共事業への入札に参加していることは不誠実な行動であると説明した。ムリノ大統領は、5月に行われた総選挙前からパナマの差別的な取扱いについて批判的な意見を持っており、9月9日に、外交対策として、パナマのブラックリスト追加に賛成する国およびその民間企業がパナマで政府と契約および入札すること等を制限または禁止する方針を発表した。パナマ外交省はその方針をすでに各国の大使館に伝達したことも明らかになった。