執筆者:広瀬明久(Sociedad Intercultural S.C.創立者、社長)
「進捗を確認する」
メキシコを含むスペイン語圏では、ポジティブなコミュニケーションが非常に重視されます。ビジネスパートナーやチームメンバーに仕事の進捗を確認すると、実際の状況にかかわらず、Todo va bien(全て順調です)という答えが返ってくることがよくあります。
これは、良好な関係を維持し、相手を安心させるためのものであり、実際にはプロジェクトに遅れが生じていても、表面的には問題が見えにくくなることがあります。この点は、より事実に基づいた進捗確認が求められる日本のビジネススタイルとは大きく異なります。
こうした文化的背景を理解しないまま進捗確認を行うと、後に予期しない問題が表面化するリスクがあります。そのため、スペイン語圏でビジネスを進める際には、具体的な質問を通して相手の本音を引き出すことが重要です。以下では、進捗を確実に把握するために役立つフレーズとその効果的な使い方を解説します。
¿En términos reales, cuánto hemos avanzado en este plan hasta ahora?
(実際のところ、この計画は今までにどのくらい進んでいますか)
このフレーズのポイントはen términos reales(実際のところ)という表現です。これを加えることで、建前ではなく事実に基づいた進捗状況を尋ねることができます。
ちなみにen términos realesに対してteoricamenteは「理論上」と言いう意味ですが、この言葉は「理論上はそうであるが実際は異なる」というニュアンスを含む場合がよくあります。少しきつい言い方ですが「理論でなく現実に基づいて答えてください」はPor favor, responda en términos reales, no teóricamente.となります。
¿En cuánto tiempo estimas que se puede finalizar esta tarea, basado en un cálculo realista?(この作業を完了するのに、現実的な計算に基づいてどれくらいの時間がかかると思いますか?)
basado en un cálculo realista(現実的な計算に基づいて)と明示することで、楽観的な返答を避け、現実的な見積もりを促す効果があります。プロフェッショナルなトーンを保ち、希望的観測に流されない具体的な回答を求める表現です。
En términos reales同様、basado en un cálculo realistaもある種の人の感受性を傷つける可能性があるので、使う際には注意を払う必要があります。
¿Cuánto del trabajo ya está completado y cuánto falta por hacer?
(どれくらい作業が完了していて、あとどれくらい残っていますか?)
進捗の度合いを尋ねる際に役立つフレーズです。より具体的なパーセンテージを引き出すにはCuántoをQué porcentajeにするとよいでしょう。
¿Hay algo que podamos ajustar para cumplir con el plazo?
(期限を守るために調整できることは何かありますか?)
スペイン語圏では期限に対する厳密さが日本ほど高くないことが多いため、「調整」という柔軟な表現を使うことで、相手に圧力をかけすぎずに進捗を確認できます。しかし、時間を厳守しなければならないことを伝えたい時には、Es crucial que no se nos pase esta fecha ímite.(この期日を絶対に過ぎないことが重要です。)など言って釘をさすことが必要なこともあるでしょう。
¿Qué apoyo adicional consideras necesario en este momento?
(今、追加で必要な支援は何ですか?)
この質問を通じて、相手の進捗に何か問題がある場合、その問題が表面化しやすくなります。また、協力的な姿勢を示すことで、相手が安心して本音を伝えやすくなります。
¿Podrías compartir algunos ejemplos de los logros recientes?
(最近の成果をいくつか教えてもらえますか?)
具体的な成果を尋ねることで、進捗状況をより詳細に把握できます。成果を明確に示すことで、プロジェクトの進行具合を理解しやすくなります。
異文化理解の視点
スペイン語圏では、相手にポジティブな印象を与えることが大切です。そのため、たとえプロジェクトが遅れていても、ネガティブな情報を避けて「順調です」と答えることが少なくありません。これは相手を失望させたくないという配慮から来るもので、問題があっても直接的に指摘されることが少ないのです。この文化的背景に対応するためには、曖昧な返答を額面通りに受け取らず、具体的な質問を投げかけて本音を引き出すスキルが求められます。また、相手を責めるのではなく、協力的な姿勢を示すことがポイントです。こうした柔軟な対応が、プロジェクトを成功に導くためのカギとなります。
日本人ビジネスパーソンがスペイン語圏でビジネスを成功させるためには、ポジティブな言葉が現実を反映していない可能性があることを理解しつつ、相手が快適に本音を語れる環境を作ることが重要です。具体的な質問を通じて進捗を確認し、プロジェクトを円滑に進めましょう。
「異論を唱える、上手に断る」
ビジネスの現場では、意見の相違を表明したり、提案を断る場面が少なくありません。 スペイン語圏では、オープンなコミュニケーションが一般的で、異論を唱えること自体はネガティブに捉えられません。しかし、メキシコや他の中南米諸国では、直接的に「ノー」と言うことを避ける傾向も見られます。今回は、実際のビジネスシーンで使える表現を文化的背景とともに紹介します。

Con todo respeto, creo que no es la mejor opción.
(失礼ながら、それは最善の選択ではないと思います。)con todo respetoは敬意を持って異議を唱える場合によく使われる表現です。ただし、場合によっては「皮肉」や「これから失礼なことを言う」という前置きとして使われることもあり、特に強い意見や異論を述べる際に使われます。これと似た表現にcon el debido respetoがありますが、こちらはより形式的で控えめな敬意を表す表現です。公式な場面や、相手との関係を慎重に扱いたい場合に適してています。例えばCon el debido respeto, me gustaría sugerir una alternativa a este plan.(敬意を持って申し上げますが、この計画に代わる案を提案したいと思います)のように使われます。
Entiendo perfectamente su punto de vista, sin embargo…
(あなたのご意見はよく理解していますが…)
相手の意見を受け入れる姿勢を見せることが重要です。このフレーズは相手の立場を尊重しつつも、自分の意見を提示する際に役立ちます。
Comprendo sus preocupaciones, pero…(ご心配は理解しますが…)
相手の懸念を理解していることを示しつつ、異なる意見を伝える丁寧な言い回しです。相手の気持ちに寄り添いつつ、自分の立場を示すことができます。
No estoy completamente de acuerdo con su opinión.
(あなたのご意見に完全には賛同できません。)
反対の意思を示す際に、直接的な表現を避けつつ相手に敬意を払ったフレーズです。No estoy del todo de acuerdo con su opiniónと言い換えても、同様にやわらかく聞こえます。
Lamento tener que decir esto, pero…
(このように言わざるを得ず申し訳ありませんが…)
非常に丁寧な表現であり、相手に対して否定的な回答を伝える際に使われます。断る際に相手を不快にさせないために、このようなクッションフレーズが役立ちます。
Lo siento, pero no puedo comprometerme en este momento.
(申し訳ありませんが、現時点ではお約束できません。)
何かに対して責任を負うのを避けたいときに使うフレーズです。特にリソースや時間が限られている場合に便利です。「約束する」という意味の言葉はComprometerseの他にprometerもありますが、こちらはどちらかというと、個人的な約束や、真剣に何かを誓う際に使われます。一方、Comprometerseは「責任を負う」「コミットする」という意味合いが強く、ビジネスの場でよく使われます。
Le agradezco mucho la oferta, pero lamentablemente no me es posible aceptarla.
(ご提案に感謝いたしますが、残念ながらお受けすることはできません。)
相手の提案に対して感謝の気持ちを示しつつ、きっぱりと断る際に使える表現です。このフレーズを使うことで、相手との関係を保ちつつ、断ることができます。
文化的背景
冒頭でも述べた通り、スペイン語圏では、意見をオープンに表現する姿勢が一般的ですが、同時にメキシコや他の中南米諸国では、日本と同様に相手との関係を重視し、対立を避ける傾向があります。対話を通じて問題解決を図る姿勢が重要視され、直接的な「ノー」は避けられることが多いのです。このような背景から、これらの国のビジネスシーンでは、直接的に拒否することを避けつつ、自分の意見をしっかりと伝えることが求められます。本記事で紹介したフレーズは、敬意を保ちながらも円滑なコミュニケーションを図るためのツールです。
ビジネスパートナーとの関係を損なわないためにも、相手の立場を尊重しながら断る表現が重要です。適切な言葉選びは、単に意見を伝えるだけでなく、相手に良い印象を与えることも可能です。ぜひ、これらのフレーズを実際のビジネスシーンで活用し、相手との信頼関係を深めながら成果を上げてください。文化の違いを理解し、適切な表現を選ぶことが、より良いビジネス関係を築くための第一歩です。