『悪い時』  ガブリエル・ガルシア・マルケス | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『悪い時』  ガブリエル・ガルシア・マルケス


ガブリエル・ガルシア・マルケス 寺尾隆吉訳 光文社(古典新訳文庫) 2024年11月 347頁 1,000円+税 ISBN978-4-334-10504-4

 

政治的対立から殺人者となった軍人が町長と警察官になっている一方、殺された反逆者側の歯医者等の生き残りも残っている町。歯痛に悩まされる町長は歯医者へ行けない。ある10月の雨の朝、外出しようとしたセサル・モンテロは戸口に貼られたビラを目にすると行き先を変え、クラリネット吹きのパストールの家に入り銃を放ったという冒頭から、後に暴力が横行する社会になったコロンビアを示唆する。小さな町で、不倫や隠し子などのスキャンダルは誰も知っていて口に出さないが、その事を当事者の家の戸口にビラに書いて貼るという事件が起きている。噂と中傷がはびこっていく町。読者にははっきりしないが、人種、出自、町を造った古くからの金持ちと新興の金持ち、複雑な階層間の対立もはらんでいるようだ。

1982年に単行本で日本語訳書が出て(新潮社)、昨今の『百年の孤独』の文庫本再版でブームになっている時期に奇しくも刊行されたこの小説が書かれたのは1962年。後に、ガルシア・マルケスは「『悪い時』によって私は壁際に追い詰められた。だが、『悪い時』がなければ『百年の孤独』は書けなかったことだろう。壁際に追い詰められたら、その壁を壊す以外に出口はないのだ。」と語っている(訳者解説より)。訳者による詳細な解説と年譜が付されていて、読者の理解を助けている。

〔桜井 敏浩〕