連載エッセイ489:硯田一弘「南米現地最新レポート」その70 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ489:硯田一弘「南米現地最新レポート」その70


連載エッセイ489

「南米現地最新レポート」その70

執筆者:硯田一弘(アディルザス代表取締役)

「2025年7月6日発」
パラグアイの言葉 Bioceánico(ビオセアニコ)=大洋接合 英:Bioceanic 葡:Bioceânico

南米大陸の中心に位置するパラグアイで、大西洋側のブラジルと太平洋側のチリの港を結ぶCorredor Bioceánico( 南米大陸横断道路、別称La Ruta Bioceánica)の建設が行われていることは、これまで何度もご紹介してきました。

具体的なイメージは↓こちらの動画をご覧ください。
https://www.instagram.com/reel/DIWYaDRR9rW/

この道路は、ブラジルにおける穀物生産の中心地であるマトグロッソ州で生産される穀物を陸路で太平洋側に出せるようになるという点で、船混みが酷く倉庫設備も不足しているブラジル・サントス港や領有権をめぐって米国が世間を騒がせているパナマ運河を経由せずに世界の胃袋であるアジア市場にアクセスできるようになるという点で、陸のパナマ運河ともいわれる重要なインフラ整備プロジェクトです。

上の地図で赤線で示されたパラグアイ部分の道路の建設は順調に進んでおり、またブラジル国境の橋も、大幅な遅れは生じてはいるものの、今年3月時点での完成度は7割、来年中には開通の見込みとなっています。

筆者も今年2月に現場を見てきましたが、これまで艀でしか往来ができなかったブラジルPorto Multinhoの街と、パラグアイPuerto Calmero Peraltaの村が強大な吊り橋で繋がることで、積載量30トンにもなる大型車輛の往来が可能になります。

ところが、パラグアイPozo HondoとアルゼンチンMision La Pazとの間には既存のコンクリート橋が現存するものの、ご覧の通り大型車輛の頻繁な通行を想定した構造にはなっていないために、このままでは運送インフラとしての運用は困難であるとされています。

にもかかわらず、この部分の整備計画のスピードが遅いことがパラグアイ道路協会のニュースレターでも指摘されています。

https://cavialpa.org.py/noticia/falta-de-puente-amenaza-el-potencial-del-corredor-bioceanico/

この道路網が完成すると、パラグアイのチャコ地方からアジア市場へのアクセスも改善され、この地方で栽培されている牛肉などと畜産製品をはじめ、胡麻や綿実といった油脂作物の製品もアジア市場に直接アプローチできるようになるために、パラグアイ政府も懸命に工事のスピードアップに努めています。

一方、今週告示された参議院選挙では、日本ファーストという日本人と国内行政を優先すべし、という米国のMAGAに似た主張が大きく取り上げられて、本来の国の安全が何によって形成されているのか?という本質部分の議論が取り上げられていないように感じられます。コメの価格や供給も落ち着いてきた印象ですが、何度も申し上げているように、日本のコメや茶は世界市場で高い評価を得ている作物であり、いまこそ輸出も視野にいれた大幅な増産にシフトすべきだと思います。その一方で、ブラジルやパラグアイの農産物も取り入れ、引き続き自由貿易による恩恵を消費者が享受できる仕組みづくりこそが、中長期にわたって国に繁栄をもたらすと確信しています。

「7月13日発」
ブラジルの言葉covarde(コバルデ)=臆病な 英:cowardly 西:cobarde

今週はじめは日本に25%のトランプ関税がかけられる、というニュースでもちきりでした。その後、木曜日にはブラジルへの関税を4月2日発表の10%から、40%増やして50%にすると発表されました。

ブラジルの米国向け輸出額は年間351億ドル。輸入額は399億ドルで、米国にとっては48億ドルも黒字となっている貿易相手です。一方、日本とは687億ドルの赤字。もちろん、”同盟国”ですから優遇して25%と言いたいのでしょうが、かつては米国の裏庭とも言われた南米の、経済規模も人口も最大の大国となったブラジルに対して50%の関税をちらつかせ、盟友ボルソナル氏を窮地から救おうという理屈は、おそらく米国共和党の中にも理解できない人たちの方が多いのではないか、と思います。

下の図左はブラジルの国別輸出シェア、右は米国向け輸出の品目シェアです。

そして下に示した図左は国別輸入シェア、右図が米国からの輸入品です。

ブラジルにとって輸出における米国のシェアは1割以下、輸入依存度は15%。しかも主な輸入品はエネルギー産業にとって重要な資機材や石油製品・化学品関係で、仮にルラ大統領が報復関税措置をとった場合、こうした輸入品は米国オリジンから中国製品に切り替わることが考えられます。

もちろん、米国向け輸出品も原油や鉱物資源のほか、コーヒーやオレンジジュースといった農産物もあるのですが、こうしたものは米国が買わなければアジア諸国に販売できればブラジルはそんなに困らない、という経済構造であること、米国では理解されていないのでしょうか。

で、この突拍子もないトランプ宣言に対して、「Lula chama Bolsonaro de ‘coisa covarde’ e o responsabiliza por tarifaço de Trump(ルラはボルソナロを’小心者’と呼び、トランプ関税を非難」と突っぱねています。ご覧の通り、赤いMAGA野球帽を捩った青い帽子に「o Brasil é dos brasileiros」(ブラジルはブラジル人のもの)というメッセージを刺繍して、トランプ氏への対抗心をあらわにしています。

https://www1.folha.uol.com.br/poder/2025/07/evento-oficial-com-lula-vira-ato-pela-soberania-do-brasil-e-de-ataques-a-trump.shtml

そもそも、トランプ氏が小心者であることは既に広く認識されてきていますから、これからはBRICSを中心とした”後進国”がどのような動きを見せるのか、見逃せなくなってきます。日本でも参議院選挙でトランプ的な排他性の強いメッセージが幅を利かせていますが、こんなときこそ、冷静さを保って国の在り方を考えたいと思います。

「7月20日発」
パラグアイの言葉 frutihortícola(フルティオルティコラ)=青果 英:fruit and vegetable 葡:frutas e vegetais

日本では明日は参議院選挙。

外国人を排斥しようという趣旨の主張も出てくる不思議な主張が人気となっている状況を見ると、米国に続いて日本でも差別を肯定的にとらえる人たちが増えているように感じます。

都民ファーストから日本人ファーストへ、どうも優先的に扱ってくれそうな甘言に乗せられる風潮が広がっている様子は、スローガンで愛国意識が高まり、外国への優越意識を高めて戦争に導かれた当時の雰囲気と重なるのではないか、との危惧の念を抱きます。

https://www.mbs.jp/news/feature/kansai/article/2022/08/090512.shtml

そもそも、国債の発行残高が1100兆円を超え、560兆円程度とされる実質GDPの二倍にのぼるという異常な事態であるにも関わらず、多くの政治家は更なる国債の上積みに基づくバラマキによる待遇の改善を公約に掲げています。

https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-situation/financial-situation-01.html

そうした異常な状況に警鐘を鳴らしているのが財務省ですが、何故か日本の財政を悪化させた元凶が財務省であるとの風説が飛び交い、ポピュリスト的な政治家に扇動された人たちから攻撃される羽目に陥っています。

昨年、日本のGDPが世界4位になったという記事が話題になりましたが、二カ月前の日経では、今年初めて4位に転落したというような記述もありました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA163J80W5A510C2000000/

ここでは4兆262億ドルと記載されていますが、これはGDPを実質値ではなく名目値609兆円を当時の為替レート143円で割り戻した数値であり、148円となっている本日レートでは4.1兆ドルと、更に低下しており、カリフォルニア州やインドと拮抗した数値になっています。

本来であれば、こういう時こそどういう経済対策を打ってGDPを引き上げるか?という議論をすべきところですが、与党も野党も経済や産業には明るくない人たちばかりのようで、本質的な議論が行われないままポピュリスト的な政治屋に人気が集まる構図は、アルゼンチンやベネズエラ、最近では米国で見られている動きがそのまま日本にも当てはまっていることを示しています。

最近のコメ騒動を観察しても、今期の収穫量が増えるという楽観的な見方が農水大臣から示されました。昨年から56万トン増えて735万トンになるというのです。

https://news.yahoo.co.jp/articles/19cdb16c0df987bca8ebf585d4589e79dd8f0f25

昨年と比べて作付け面積が10.4万ヘクタール増えることによる増産のようで、コメの平均収量を1ヘクタール5トンとすれば、納得できる説明になります。

ではコメの作付面積は全国でどのくらいあるのか?調べてみました。

少し古いデータですが、日本の水田面積は235.2万ヘクタール。日本の総耕地面積の半分以上を占めていることからも、コメがいかに重要な作物であるか改めて理解できます。

https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/menseki/r4/kouti/index.html

ただ、作付面積は135.9万ヘクタール、1ヘクタール当たりの平均収量は約5トンということであり、約4割が作付けされていない実態が浮かび上がってきます。

ということは、使われていない4割の田圃を使えば、コメの供給は正常になるのでしょうか?いやいや、農水大臣がコメの価格を2千円台に抑えようとしている現状では困難でしょう。先にも書いたとおり、キロ400円程度では、コメの栽培は採算割れになるからです。

https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kome/suiriku/r6/yosou_1025/index.html

国債の発行残高や主食米の不足など、重要なテーマの討議に時間をかけず、減税や補助金・外国人排斥が論じられる今回の選挙、日本の将来がどうなるのか本当に心配になります。

パラグアイでも農業の主体を占めるのは大豆・トウモロコシ・小麦・コメといった穀物と、牛肉や豚肉などの畜産製品で、青果=frutihortícolaはなかなか主役として語られない作物です。しかし、フルーツや野菜などは換金作物と呼ばれ、量で勝負・長期保存も可能な穀物とは異なり、質と流通のスピードがモノをいう農産物で、栽培農家は小面積ながら様々な工夫を重ねて作業を行っています。そうした青果に関して、アルゼンチンからの輸入を手掛ける団体が、国内の農業従事者保護の立場を堅持する国の機関に対して柔軟な対応を求める声明を発しています。

https://www.ultimahora.com/importadores-frutihorticolas-piden-dialogo-y-reglas-claras-para-los-permisos-de-importacion

消費者保護の観点からは、より安い農産物が供給されることは重要ですが、それによって国内の農業が疲弊することになると、食糧安全保障の観点から大きな問題を抱えることになります。

コメの増産が簡単でない今の日本で、安易に輸入米を増やせという声も上がる状況と似た議論にも見えますので、世界中のこうした動きをつぶさに観察しながら、最適の解を導く工夫が益々重要になっています。

「7月27日発」
パラグアイの言葉 diversificación(ディベルティフィカシオン)=多様化 英:diversification 葡:diversificação

先週行われた参議院選挙の結果は事前の予想通り、既成政党が支持を減らし、新興勢力が議席を増やすことになりました。

この結果の分析についても色々な声が上がっていますが、そもそも日本の現状が突然生じたわけではないという分析があまり見られないのは意外な印象です。

今から12年以上前の2013年4月に始まった”異次元緩和”が目指したのは1990年頃から始まったバブル崩壊後の「デフレ・低成長からの脱却」だったわけで、毎年2%のインフレを目標として掲げたもので、この政策が導入された後も物価は上がらず、そうこうするうちに2020年のコロナ禍が発生、2年以上にわたる活動の停止が構造的な問題をあぶりだし、ここにきて急激な物価高騰を招き、庶民の生活が目に見えて苦しくなってきたわけです。また、コロナ禍の引きこもり時期にSNSの活用が加速し、既成メディアに代わる情報源として、60歳以下の世代と以上の世代の分断を明確にしてきたと思われます。

日本の人口ピラミッドをご覧ください。

このグラフには各年代別の人口も表示されますが、60歳以上は4453万9966人とされ、総人口1億2375万3030人の36%を占めていることがわかります。

しかも5歳ごとに括った世代別人口で最も多いのは50-54歳の層(986万4648人)、50歳以上にすると6274万8891人で総人口の51%を占めていることがわかります。

ちなみに、筆者が生まれた65年前の日本の人口構成は以下のようなものでした。

これは、人口ボーナスを享受して経済成長が続く現在のパラグアイ(下の図)とよく似ています。

そのパラグアイでは長期的な景気低迷に苦しむ日本とは対照的に向こう10年以内にGDPが倍増する見込みであるというニュースが流れました。

Duplicar el PIB en una década: El ambicioso plan de Paraguay que apunta a la diversificación y mayor productividad industrial por marketdata

詳しくは以下のURLをクリックし、翻訳機能をオンにしてお読みください。

https://marketdata.com.py/laboratorio/analisis/duplicar-el-pib-en-una-decada-el-ambicioso-plan-de-paraguay-que-apunta-a-la-diversificacion-y-mayor-productividad-industrial-144075/

米国からの無体・無節操な関税要求にざわついている日本ですが、そもそも米国の産業空洞化も米国企業がより安価な供給源を求めて人口が多く人件費の安いアジアに生産拠点を移管した結果であり、これを直ちに50-60年代の姿に戻すことは本来不可能な話です。

MAGAの主張はイリュージョンでしかなく、それに踊らされる今の日本の現状は、歴史をベースにした分析力が落ちているという風に感じます。

グローバリゼーションに急に背を向けるのではなく、継続的に多様な社会を活用して、近隣諸国だけでなく、世界レベルでの成長をいかに築くか?が政治家が経済界が目指すべき本来の姿であるはずです。

以   上