執筆者:冨田 健太郎(信州大学 工学部内 アクアイノベーション機構)
ラテンアメリカ国際農業協力の対象国の一つがブラジルであり、劣悪な赤色酸性土壌の肥培管理と作物生産に関する野外研究にも従事した。本稿では、この食糧供給超大国において、アマゾン(セルバ:selva)地域とセラード[1]地域に大別する形で、旅行ならびに調査報告内容を簡易的に記す。前者は赤道付近にある熱帯雨林地帯、後者は灌木が点在する湿潤サバナ(savana)地帯(赤道から遠ざかる)であり、雨季と乾季が明瞭で、植生も大きく異なっている。現在、セラード地帯の他、アマゾン地帯においても、熱帯林伐採による開発が進み、そこに放牧ならびに輸出用作物としてのダイズ栽培が拡大している。このことが、遺伝資源の損失も含めた環境破壊を促進しているので、低環境負荷農牧林生産に関する研究と教育、そしてその拡大が要求される(もちろん、これ以上の無計画な熱帯雨林の伐採を進めてはいけないことは当然である)。
その手本となるのが、パナマでのシルボパストラルやイネ科とマメ科改良牧草の混作栽培試験(適切な施肥必須)であると考え、その成果はコンパクトにまとめた形(ポルトガル語翻訳)とし、ブラジルの査読雑誌にも掲載されたことから、若手関心者の教育材料等になってくれることも願う。
ラテンアメリカ国際農業協力の対象国の一つがブラジルであり、劣悪な赤色酸性土壌の肥培管理と作物生産に関する野外研究にも従事した。本稿では、この食糧供給超大国において、アマゾン(セルバ)地域とセラード地域に大別する形で(図1)、旅行ならびに調査報告内容を簡易的に記す。前者は赤道付近にある熱帯雨林地帯、後者は灌木が点在する湿潤サバナ地帯(赤道から遠ざかる)であり、雨季と乾季が明瞭で、植生も大きく異なっている。
実際、慣行的な農牧業の拡大に限ったことではないが[2]、ご存じの通り、熱帯雨林の破壊が進行し、地球環境の異変の原因ともいわれている。既存の熱帯雨林やその近隣で生息する生物の保全を考えることは当然であるが、熱帯雨林伐採地やセラード地帯においては、低環境負荷牧畜林生産に関する野外研究とその成果の拡大が急がれ、そして、若手教育への充実も必要である。
アマゾン地帯としては、アマゾナス(Amazonas)州のマナウス(Manaus)市とその近郊、セラード地帯は首都ブラジリア(Brasília) [3]、マット・グロッソ・ド・スル(Mato Gross do Sel)州のカンポ・グランジ(Campo Grande)市とその近郊、およびサンパウロ(São Paulo)州のボツカツ(Botucatu)市近郊を対象とした形で述べていく。

図1 ブラジルのセルバ地域とセラード地域(地域名のおおよその位置:州名なし)
1).アマゾナス州の州都であるマナウス市
筆者は、1995年8月12日(土)から約1週間、アマゾナス州マナウス市を訪問した。アマゾン地域の生物多様性という視点から、土日はアマゾンのツアーに参加し、月曜から、ブラジル農牧研究公社(Empresa Brasileira de Pesquisa Agropecuária: EMBRAPA)マナウス支所を訪問し、情報収集等を実施した。
マナウスは、ブラジル北部のアマゾンジャングル地帯に位置している。実際、アマゾン流域だけでも日本の約14倍の面積を有し、アマゾン河口のパラ(Pará)州のベレン(Belém)市から上流1400kmの位置に、アマゾナス州の州都であるマナウス市が位置している。人口は約83万4000人(1989年推計)、秘境アマゾンとしての観光の拠点であるのと同時に、ブラジル唯一の自由貿易港である(写真1の左)。

写真1 マナウスの自由貿易港(左)とネグロ河とソリモンエス河の合流地点(右), 1995
前記したが、マナウスは熱帯雨林気候であり、年平均気温は32℃、12~5月までが雨季、6~11月までが乾季となっている(年降水量は約3001 mm)。また、同地区はかつてゴム集積地として脚光を浴びたことがあり、加速度的に需要を高め、それに比例してマナウスは都市を反映させた歴史がある。また、ここには広大なネグロ(Negro)河があり、水上交通が盛んな地帯として知られている(水上にクルーザ船用のガソリンスタンドがあったことも印象的だった)。さて、このネグロ河の漁港をクルーザ船で出発して、しばらく西方に向かうと、約20分で同大河とソリモンエス(Solimões)河の合流地点に到達する(写真1の右)。ここでは、ネグロ河のコーヒー色とソリモンエス河のミルクコーヒー色が合流しても交わることがなく、20km近くも押しつけたり押し返したりしながら、二色の帯となって流れていくことが知られ、観光における名所の一つとなっている。これは、二つの河川の水温、水質および水速が異なるためではないかと考えられているが、今もって原因が解明されていない。
2.<アマゾン観光
この他、ソリモンエス河に向かってクルーザ船を進めると、マングローブ林が自生しているかのような、秘境ともいえる密林が観察されるようになってくる(写真2の左)。

写真2 アマゾンの秘境のような密林(左)とピラニアの歯をむき出した状態(右), 1995
同写真の右は、ピラニアの歯をむき出した状態であるが、これは観光ツアーの一貫としてのピラニア釣りに参加したときのものである(夜はワニ狩りに出かけた)。釣り竿には、血のついた生肉を餌とするが、ピラニアの強行な攻撃ぶりに身震いをしたものであった。普段はおとなしい魚で、血のない状態では、攻撃をしかけることはないという。そのため、河では地元の子供や観光客が平気で泳いでいた。いずれにせよ、海のように広大なネグロ河も含めて、他の熱帯アメリカ諸国ではお目にかかることのない、秘境アマゾンともいうべき独特な光景に感銘を覚えている。
3).ブラジル農牧研究公社訪問
写真3(左)にマナウスにあるEMBRAPAの正門を示す。マナウス市から約1時間離れた奥地にあり、4台ほどの職員バスが市内を循環して、職員をピックアップして研究所へ向かうという構図であり、所要時間は約1時間であったことも覚えている。また、非常に興味深かったことは、金曜日に訪問したとき、勤務時間は半日で終了となり、午後で閉鎖されることを知った。

写真3 EMBRAPAの正門(左)およびグゥアラナ (Paulinia sp) +クズ (Pueraria phaseoloides)の混作システム(右), 1995
圃場視察も含めて、EMBRAPA職員は、筆者を温かく迎えていただき、多くのことを学ぶことができたことに感謝している。
他方、写真3に一つのアグロフォレストリーの一例を示す。果樹の一種、グゥアラナ(Guarana) (Paulinia sp) +クズ (Pueraria phaseoloides)の混作であり、クズはマメ科植物の一つである。これは、食用としてではなく、空中窒素固定作用を利用した緑肥作物ならびに土壌被覆作物(カバークロップ)として播種されている。

写真4 植栽3年後のParicá (Schilozobium amazonicum) (後方の樹種)およびPupunha(前方が6ヵ月、後方は3年目), 1995
写真4(左)は植栽3年後のパリカ(Paricá) (Schilozobium amazonicum)である。アマゾンにおいては代表的なマメ科の早生樹で、優れた生長能力を有することで、当時、びっくり仰天した。この特性を生かして、これからの森林回復やアグロフォレストリー・システムに活用することが期待できよう。アマゾン訪問において、一番大きな収穫となった情報である。他方、写真4(右)がポルトガル語でPupunhaであり、ヤシの一種であると考えている。いすれにしても、先のパリカと同様、生長能力の早い植物の一つであり、右の写真で前方は播種6ヵ月、後方は3年経過したときの姿である。
このように、アマゾンは生物多様性の宝庫として有名であり、もちろん、多種多様な種が存在するのは当然である。今回のアマゾン訪問は1週間と短いものであり、また、全部の写真を紹介することは紙面の都合により不可であるが、あらためて、多種多様な植物を紹介していただいた、若手研究員Wenceslav Teixeira氏には感謝している。
1).ブラジリアの概況
かつて、ブラジルの首都はリオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro)市であったが、中西部の未開の大地、セラード地帯に計画都市として建設されたのがブラジリアである。この背景には、ブラジル最大の都市であるサンパウロ市も含めて、大西洋沿岸部には人口や産業が集中していた。そこで、所得格差の激しい内陸部における貧困問題解消を目的とした形で、遷都計画が19世紀頃から叫ばれていたという。そこで、1956年、大統領となったジュセリーノ・クビチェック(Juscelino Kubitschek)氏が、新首都建設(内陸部開発を目的とする)とリオ・デ・ジャネイロからの遷都を発表した。そして、急ピッチで工事が進められ、41ヵ月で完成し、1960年4月21日に併用を開始した。そして、ブラジリアは、建築家ルシオ・コスタ(Lúcio Costa)氏の設計により建設された計画都市で、人造湖パラノア(Paranóia)湖のほとりの飛行機が翼を広げた形、パイロットプラン(ポルトガル語で、プラーノピロット: Plano Piloto)である。
遷都して45年の計画都市であるが、20世紀建築の登録は推奨されるべきとして、1987年、世界遺産に登録された(登録の対象としては、歴史的で伝統的な街並みを持つ都市が多い)。したがって、ブラジリアは、熱帯環境下に位置しており、Köppenの気候区分によると、サバナ気候(Aw)であるが、海抜1000mという中部セラード地帯高地であることから、温帯夏雨気候(Cwa、Cwb)に近いといえる。そして、人口は約200万人であり、連邦直轄地区となっている。また、日系移住者もおられ、市内には寺院(Templo Shin Budista Terra Pura de Brasília)[4]も存在していた(写真4の左と中)。夜間は、ある日系移住者より盆踊りに紹介されたが、日系二世以降も含めて、ブラジル人の大半は、盆踊りの意味を理解できていないという(一世の移住者の私信)。それゆえ、ブラジル人にとっては、日本の伝統的なダンスと理解していることであろう(写真4の右)。

写真4 ブラジリア内の日系寺院(Templo Shin Budista Terra Pura de Brasília)内部(左)、寺院(中)および盆踊り(右), 2004

写真5 首都ブラジリアの中心(中央奥の高層建造物は国会議事堂)(左)および国会議事堂(右)(右の大きなお椀は、国民の声を広く受け止めるという意味), 2004

写真6 連邦最高裁判所と目隠し女神像(左)および巨大な国旗と三権広場の人物像, 2004
2).プラーノピロットとは?
前記した飛行機において、機首の部分に国会議事堂(写真5)、行政庁舎(写真5の左)および連邦最高裁判所(写真6の左)が並び、翼の部分に高級住宅や各国の大使館がある。特に、国会議事堂の右側の大きな受け皿(写真5の右)は、広く国民の意見に耳を傾けるという意味があるということであった。また、連邦最高裁判所の右側の女神像は、目隠しをして公平な裁判を行うという意味である。また、写真6の右は、巨大な国旗と三権広場の人物像である。
3).ブラジリアの建設の功罪
新都市建設によって、内陸部の開発は進んだが、莫大な建設費が、ブラジル国家財政に大きな負担となり、1970~1980年代には、経済不振と高インフラとなってしまったという。
実際、ブラジリア国際空港(ジュセリーノ・クビチェック国際空港)が建設され、東西南北の各地域を結ぶハブとして、さらに、長距離路線バスも発達したが、河川のない内陸部であるため、水運手段がないという欠点がある。また、航路においては、国内線は充実しているが、国際線定期便は少ない。

写真7 大聖堂(カテドラル)(左が外見、右が内部), 2004

写真8 クビチェックの石顔, 2004(左)およびドンホスコ聖堂の内部(右), 2004
4).観光スポット
筆者なりに、ブラジリアの観光スポットを列挙すると、大聖堂(カテドラル)(写真7の左)、カテドラルの右側の異名な建造物(同写真の右)、クビチェックの石顔(写真8の左)および郊外にはドンホスコ聖堂を訪問した(同写真の右)。
5).クビチェック大統領記念館
写真9が最後の訪問場所となったクビチェック大統領記念館である。同写真左は記念館のシンボルで、クビチェック像があり、同写真右は館内2階にあるクビチェック本人の棺が安置されているフロアである(家内とともに)。館内には、遷都構想に関する豊富な資料や写真の展示がなされており、なかでも、都市計画を先導したルシオ・コスタによる企画案のスケッチもあり、鳥型、弓矢型等、飛行機型に至るまでのデザインの変遷を見ることができた。

写真9 クビチェック大統領記念館(左:記念館上部、中:資料館内の本人の写真、右、館内の本人棺安置場所), 2004
1).はじめに
2004年11月、JATAK嘱託研究員時代、マット・グロッソ・ド・スル州の州都であるカンポ・グランジ市のEMBRAPAならびに牧草種子会社Matsuda. Ltd.を訪問する機会にも恵まれ、牧畜生産の現場を観察することができた。写真10は、サンパウロ州グァタパラ(Guatapará)からカンポ・グランジ市のEMBRAPAに赴く途中の光景であり、ここも典型的なセラードの大地である。つまり、アマゾナス州のセルバ地帯と異なり、大草原の中に灌木が点在する光景であることが理解できよう(同写真左)。同写真右は、大農場主(ポルトガル語で『ファゼンダ』という)による粗放放牧の光景である。なお、この地域の土壌は鮮明な赤土であり、アルミニウム飽和度の高い劣悪な酸性土壌であるといえる。

写真10 マット・グロッソ・ド・スル州の広大なセラード地帯, 2004
2).EMBRAPA訪問
筆者はEMBRAPAのカンポ・グランジ支部を訪問し(写真11の左)、実際の牧畜試験の現場を視察することができた(同写真の右)。詳細は割愛するが、改良牧草類導入による肥育牛の栄養評価や体重増加評価等を実施していた。

写真11 EMBRAPAのカンポ・グランジ支部正門(左)および牧畜圃場(右), 2004
表1 代表的なイネ科およびマメ科牧草の特性

(出所 Matsuda, Ltd., 2000. 筆者がポルトガル語カタログを和文翻訳した, 2004)
3).代表的な牧草類の特性紹介
EMBRAPAの後、民間の牧草種子会社Matsuda, Ltd.を訪問した。ブラジルでは多くの牧草類が供試牧草として試験されている。そこで、代表的な牧草類の特性を理解してもらうため、表1に簡単な概略を示しておく(学名と一般名はポルトガル語表記)。
なお、マメ科牧草類であるNeonotonia wightii(永年性ダイズ)、Calopogonium mucunoides cv. Calopogônio、Stylosanthes guianensis cv.Mineirãoの年間ヘクタール当たりの窒素固定量は、それぞれ180~200kg、70~200kgおよび30~196kgである。とくに、後二者においては、窒素の固定量に大きな変動性を有しているが、これはおそらく土壌や気候条件に大きく影響するのであろう。
筆者もパナマで取り扱った経験のあるアラキス (Arachis pintoi)(一般名:ポルトガル語でAmendoim Forrageiro Perene)であるが[5]、ブラジルの種子会社Matsudaによると、乾物飼葉生産量は5~8t/ha/year、粗タンパク含有率は15~22%、消化性は62~73%および窒素固定量は60~150kg/ha/yearである。とくに、牧草地の肥沃性向上ならびに侵食防止のための被覆資材、イネ科牧草類との間混作に利用されている。
写真12にMatsuda, Ltd.が見本として小区画で栽培しているイネ科牧草Brachiaria brizantha MG4(同写真左)およびマメ科牧草Pueraria (Pueraria phaseoloides)(和名は熱帯クズ)(同写真右)を示す。ちなみに、MGとはMatsuda Genéticaの略で、マツダの改良種のことである。MG4の4は不明であるが、おそらく改良種4号という意味であろう。

写真12 イネ科牧草Brachiaria brizantha MG4(左)およびマメ科牧草Pueraria (Pueraria phaseoloides), 2004

写真13 Matsuda, Ltd.の広大な牧畜圃場での多数の肥育牛(左)およびとイネ科牧草とマメ科牧草間混作アップ(現地担当者の確認が得られず、種の特定には至らなかった),2004
さらに、写真13にMatsuda, Ltd.の広大な牧畜圃場と多数の肥育牛(同写真左)およびイネ科牧草とマメ科牧草間混作をそれぞれ示す。
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1).はじめに
同じく、JATAK時代、2004年12月、ボツカツ市にあるサンパウロ州立大学(Universidade Estadual Paulista: UNESP)を訪問した帰宅途中、大規模ダイズ栽培光景を目にしたので、その写真を収めることができた(写真14)。このサンパウロ州の広大な草原地帯も、セラード地帯と類似またはその一部と考えることができる。筆者は長野県長野市近郊の中山間地に居住しているが、ブラジルを知らない日本人にとっては、このような広大なセラード地帯でのダイズ栽培光景は想像できないであろう。遥か地平線の彼方までダイズ畑であり、一つの感動を覚えたものであった。
2).ファゼンダによる大規模生産
これは典型的なブラジル人のファゼンダによる経営であるが、実際にはセラード地帯の他、アマゾン地帯でも熱帯雨林の伐採によるダイズ畑の拡大が問題視されている。ブラジル政府は農地拡大に伴う森林伐採に対して制限を設けているが、その実効性には疑問が残る。
ファゼンダ側の言い分としては、「これからの人口増加に対応するには、食糧の増産が不可欠であり、そのためには農耕地の拡大が避けられない。もし農耕地を広げることができなければ、人は何を食べて生きていけばいいのか?」というものであり、一理ある主張ではある。しかしその一方で、生物多様性の喪失や環境破壊、さらに遺伝子組み換え品種の導入といった課題にも目を向ける必要がある。

写真14 サンパウロ州ボツカツ市近郊の大規模ダイズ栽培, 2004
ブラジル産ダイズは主に食用油脂の原料であるが、わが国にとってはコメに次ぐ重要作物であり、味噌・豆腐・納豆・醤油(コムギも必要)等、伝統食の原料にも欠かせない。
したがって、国産ダイズの強化とともに、ブラジルやパラグアイにおけるダイズ生産(日系社会では前記食品も重要)の実情も「食農教育」の一環として紹介する意義は大きい。
1).粗放放牧の危険性(新天地と放棄牧草地の同時拡大)
アマゾナス地帯での天然林伐採による粗放放牧ならびにダイズ畑の拡大は、一つの環境破壊である。この背景は、米国、中国およびわが国等のダイズ輸入国における争奪戦[6]が原因であることは当然であるが、ここでは、これについて論じるのではなく、もう一つの環境破壊要因として重要な事項を挙げる必要がある。それは、粗放な放牧である。実際、貧栄養の赤色酸性土壌では、肥育牛一頭(生体重400~500kg)を養うのに、1haの土地が必要であり、土地が疲弊してくると、牧畜生産者は更なる森林伐採を行い、新天地を開拓していく。この場合、森林焼却灰が自生イネ科雑草類を通じて、肥育牛の栄養分となる。それと同時に、従来まで使用されていた放牧地から、肥育牛が新天地へ移動していくため、放棄牧草地も同時に増大し、一つの悪循環を招いている。
2).牧草地の合理的肥培管理下での改良牧草類ならびにシルボパストラル・システム
筆者のパナマ活動時代(1992年-2002年および2007年-09年)[7]の話になって恐縮であるが、同国で取り組んできた劣悪な酸性土壌地帯[8]は、前記セラード地帯と非常によく似た環境である。
写真15にパナマの劣悪土壌条件下での牧畜林試験(シルボパストラル:左および乾季におけるイネ科とマメ科改良牧草の混作圃場:右)を示す。同写真左のマメ科樹種としては、上記土壌条件にも適応可能であるアカシア (Acacia mangium)を採用した。同写真の右は、乾季であるが、ヒューミディコラの葉色は褐色となってしまうが(枯死していない)、深根性のアラキスは緑葉を維持しており(黄色の花もあり)、ヒューミディコラが被覆植物となって、アラキスを守っているものと推察した。このように、雨季と違って、乾季の場合、同一牧草地において、両牧草類の存在が識別しやすいということも理解できよう。

写真15 パナマの劣悪な酸性土壌地帯でのイネ科改良牧草ヒューディコラとアカシアによるシルボパストラル・システム(左), 2000および乾季における同イネ科牧草とアラキスの混作処理区(右), 2001
3).シルボパストラル・システムの導入とその教育の必要性
結論から記して、ブラジルのセラード地帯においては、アカシアが導入されている。同樹種は、オーストラリア、パプアニューギニア、インドネシア(特にスマトラ島)原産のマメ科植物(Fabaceae)であり、生長が非常に早く、パルプ用の植林木材や土地改良目的で熱帯各地に導入されている。
他方、Xavierらは、ミナス・ジェライス(Minas Gerais)州のコロナル・パチェコ(Coronel Pacheco)地区における研究において、同樹種とデクンベンス Decumbens (Brachiaria decumbens)によるシルボパストラル・システムを実施しており、同システム導入5年後には、草地単播種と比較して、肥育牛の体重増大に貢献したことを報告している(参考文献12.)参照)。
いずれにせよ、この樹種を用いたシルボパストラル・システムにおいて、肥育牛を導入する場合、苗木段階では新芽が食害されるおそれがある。そのため、樹種の導入は小面積において段階的に行い、樹木が十分に定着した後にイネ科牧草を導入するのが望ましい。イネ科牧草については、種子による播種よりも栄養繁殖(茎節を15~20 cm程度に切断し、地面に寝かせて植える方法)の方が、一般的に活着率が高くて有利である。この方法をとる場合、導入樹種の樹高が2 m以上に生長した段階で肥育牛を放牧するのが妥当である(一般論である)。一方、樹種を導入していない区画では、タンパク銀行としてマメ科牧草の単播区、あるいはイネ科とマメ科の混播区を併設し、土地利用も含めた効率的な牧畜管理を図ることである。
コロナ過の時代も含めて、社会自由党のボルソナロ(Jair Bolsonaro)前大統領(社会自由党など:任期は2019-2022年)は、大規模農業・採掘推進、軍事・治安強化路線・アマゾン開発推進等を薦め、コロナ対策は疎かにしてしまった。その影響もあり、米国に続いてコロナ感染者数が増大した時期があった(詳細は割愛)。それに対して、労働者党のルーラ(Luiz Inácio Lula da Silva)大統領(以前の初任期は2003-2010年、第2期は2007-2010年であり[9]、2023年から第3期として再活躍)の政策は、社会福祉、環境保全、貧困対策重視であり、また、環境対応として、アマゾン保全重視、森林破壊抑制、国際協力路線を掲げている。このことも含めて、筆者は、写真15に示したパナマ時代の成果を一つにまとめた形で、ポルトガル語翻訳論文として、ブラジルの査読あり論文として掲載された(参考文献8).)。このような成果が、多くのブラジル人若手研究員や学生・院生らに興味を持ってもらえるのと同時に、同国のアマゾンの熱帯雨林伐採地帯ならびにセラード地帯における低環境負荷牧畜生産技術に貢献することを願うばかりである(もちろん、これ以上の無計画な熱帯雨林の伐採を進めてはいけないことは当然である)。このことは、現大統領であるルーラ氏の他、ブラジリアへ遷都した故クビチェック氏も望んでいることであろう。
参考文献
https://www.youtube.com/watch?v=tNwMo-eB8rQ&t=29s
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%AA%E3%82%A2
https://pt.wikipedia.org/wiki/Templo_Shin_Budista_Terra_Pura
[1] セラード:ポルトガル語でCerradoと記し、「閉ざされた」という意味である。詳細は割愛するが、1974年、故田中角栄総理が、米国以外の国で輸入先を確保しようと、ブラジル政府と農業開発で協力することで『日伯セラード開発』に合意した。そして、ダイズをわが国に優先的に購入することを目的として、セラード地帯の開発に協力した(詳細は割愛する)。それ以前は、アルミニウム飽和度が高く、とても穀物生産ができない不毛な酸性土壌であり、その名が付けられている。
[2] アマゾナス州の隣のパラ州の南東部にあるカラジャス(Carajás)鉱山地帯があり、1980年代からの鉄鉱石採掘が有名で、日本も資金協力と技術援助を行っている。その鉄鉱石を溶かす燃料として、森林伐採が進行し、木炭が使用された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B9
[3] JATAK(全国柘植農業協同組合)嘱託研究員時代の2004年8月、家内呼び寄せ観光ガイド付き旅行。
[4] 浄土真宗本願寺派(Shin 仏教)で、日系ブラジル人により1960年代に建設が始まり、1973年10月に竣工した浄土真宗本願寺派の寺院である。2014年にブラジリア首都圏の歴史的文化財として登録された。Templo Shin Budista Terra Pura – Wikipédia, a enciclopédia livre
[5] パナマの劣悪な酸性土壌地帯において、イネ科改良牧草の一つであるヒューミディコラHumidicola (Brachiaria humidicola)との混作試験において、肥育牛に対する牧草類の栄養評価や体重増加評価等の試験に従事してきた(参考文献に表示)。
[6] 先の日伯セラード開発において、この不毛な酸性土壌地帯の改良によって、ダイズ生産ができると知った米国の穀物商社メジャー(例:Bunge, Cargil, MDA等)は、一気に進出し、自分たちの市中に収めてしまった。また、中国も改革解放政策により、富裕層の食生活に変化が生じ、豚肉から牛肉(例:しゃぶしゃぶ)を好むようになった。そのタンパク飼料源としてダイズに注目したのである(詳細は割愛)。
[7] 筆者は青年海外協力隊員として、1992年-95年までの3年1ヶ月間、パナマ農牧研究所(Instituto de Investigación Agropecuaria de Panamá: IDIAP)土壌研究室に赴任し、ベラグアス(Veraguas)県のカラバシト(Calabacito)実験圃場の劣悪な酸性土壌の改良と作物の生産性向上研究に従事してきた。1年延長が認められた1994年から、植林やシルボパストラル・システムに関する共同研究にも従事し、青年海外協力隊としての任期満了後も、電子メール活用により、共同研究を続け、㈳協力隊を育てる会を通じての三菱銀行国際財団からの助成金を2回、JICA短期専門家制度を活用したりして、断続的に同国に赴き、2002年まで実施した。さらに、2007年-09年、現職参加という形で、再びIDIAPにシニア海外協力隊としての赴任が叶った。しかし、任地はコクレ(Coclé)県エル・ココ(El Coco)実験圃場であり、ここでもシルボパストラル等に関する野外研究に従事できた。
[8] 本稿では詳細は省くが、『土壌学』にご関心のある方のために補足する。パナマのカラバシト実験圃場の土壌は、米国の包括分類法ではアルティソル(Ultisol)、ブラジルのセラードやアマゾナス土壌はオキシソル(Oxisol)に類別される。また、ブラジルの新分類法では前者は赤黄色アルギソル土壌(ポルトガル語でArgissolo Vermelho-Amarelo)、後者は赤色ラトソル(ポルトガル語でLatossolo Vermelho)に類別される。これらの土壌の違いは、化学性は共通で、アルミニウム飽和度の高い酸性土壌であるが、物理性については、アルティソルは1:1型のカオリナイトを主とするケイ酸塩粘土鉱物によって支配され、粘土含有率も高いため重粘土質土壌である。、他方、オキシソルは、構成粘土が主に三二酸化物であり、相対的に粘土含有率が少なく、砂含有率が高い。中には粘土質のオキシソルも存在するが、カオリナイトと違った鉱物組成であり、団粒構造形成可能な土壌であるため、物理性がアルティソルより良好で、土壌の化学性改良によって、作物の生産性を高めることができる。それゆえ、日伯セラード開発を通じて、セラード地帯のオキシソルは改良でき、ダイズ畑の拡大が進んでいったのである。反対に、アルティソルは、化学性ならびに物理性も悪いため(団粒構造形成難)、作物生産が難しく、パナマの上記圃場で痛感した(筆者の博士学位論文の対象地であった:https://cir.nii.ac.jp/crid/1920865334542905856)。
[9] 補足事項であるが、ジルマ・ルセフ(Dilma Rousseff)大統領(ルーラの後継者)が 2011年-2016年であったが、2016年途中で弾劾され、副大統領のミシェル・テメル(Michel Temer)が大統領に就任した。その後、2019年-2022年が前記したジャイル・ボルソナロであった。
