連載エッセイ513:硯田一弘「南米現地最新レポート」その72 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ513:硯田一弘「南米現地最新レポート」その72


連載エッセイ513

「南米現地最新レポート」その72

執筆者:硯田一弘(アデイルザス代表取締役、在パラグアイ)

「2025年9月7日発」

人口700万人に対して1400万頭の牛がいる畜産大国パラグアイでは、年間60万トンの牛肉を生産し、約40万トンを輸出しています。しかし、パラグアイでは過去に蹄角類動物の伝染病である口蹄疫(aftosa)が発生したことがあり、現在は予防接種を実施することでこれを防いでいますが、日本では予防接種を実施していても、そうした国からの肉類の輸入を禁止しています。

今日のニュースでは、パラグアイの畜肉の安全性の高さを更に向上させるためにSENACSA (国立家畜品質衛生機構)が今年の口蹄疫血清疫学サンプルの分析を開始しました。

(Senacsa inició el Muestreo Seroepidemiológico Nacional 2025)

https://www.lanacion.com.py/negocios/2025/09/07/senacsa-inicio-muestreo-antiaftosa-para-blindar-la-competitividad-de-la-carne/

調査開始の第一週で全国254の施設で6419のサンプルが採取されて分析にかけられたとのことで、最終的にはこの4倍の2万5千以上のサンプルが分析される手筈になっているそうです。

国内で屠畜される頭数が年間3百万頭とすると月間25万頭となりますが、今月一カ月で2万5千頭分のサンプルが採取されるということは、屠畜総数の10%が分析されるということ。

NHKの日曜討論で国民の意識調査に使われるサンプル数が6千では全然民意を示しているとは言えない、という意見を述べた代議士がいますが、10頭に1頭を分析するパラグアイの分析手法は統計学的に見ても十分な安全性が担保されている思います。

パラグアイの畜産事業に関しては、日本の独立行政法人alic農畜産業振興機構が詳しい解説のホームページを開設していますので、ご覧ください。

https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001765.html

8月末には米国農務省がパラグアイを世界第九位の牛肉輸出国と認定したとの報道もありました。

https://www.lanacion.com.py/negocios_edicion_impresa/2025/08/20/usda-paraguay-el-9-mayor-exportador-de-carne-del-mundo/

2023年時点で、ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ・パラグアイの南米4カ国が世界の牛肉供給の4割を占めていることがわかります。

畜肉を食することの是非を問う議論はありますが、南米は植物性蛋白源である大豆の大産地でもあるわけで、食糧安全保障の観点からも、日本にとって重要な地域であることを改めてご認識ください。

「2025年9月15日発」
パラグアイの言葉 anciano,a(アンシアノ・ナ)=高齢者 英:elderly 葡:idoso

明日9月15日は日本では敬老の日、ということで今日のニュースで日本の行政上の区分で高齢者と定義される人達の人口が3619万人、総人口の29.4%となったと報じられました。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250914/k10014922611000.html

四半世紀前の2000年と現在の日本の人口ピラミッドは以下のような形です。

団塊世代と言われた人たちが高齢化して亡くなるケースも増えて、現在では50-54歳の年齢層が最多であることが読み取れます。

米国と比較してみると、日本の出生率が極端に少なくなって回転するコマのようになっているのとは異なり、減少傾向にあるとは言え、回転が止まっても倒れない形を保っています。

南米はどうかというと、人口2億人の大国ブラジルでは日本や米国のように若年層の原書傾向が認められますが、パラグアイは依然として若年層人口が最も多い安定した形をしています。

高齢化は日本だけでなく、先進国共通の問題点であり、労働人口をいかに確保するか?というテーマは、今日の日本の報道でも見られる通り、働く高齢者(930万人=25.7%)と、いつまでたっても引退できない社会の到来を示唆しています。

一方で移民の流入を阻止しようという動きも目立ってきていますが、安定した社会サービスの提供を続けるためには、AIや自動運転などの先端技術の必要性もさることながら、サービスの維持や技術革新などのためにも若年層の確保は絶対必要条件であり、日本人だけでそれが出来ないとなれば、外国からの人材の導入という選択肢も必要であることを広く周知する必要があるはずです。

南米でも日本のアニメや食文化はネットを通じて広まっており、円安効果で日本を訪問する外国人も増加しているわけですから、海外での日本の文化の一層の紹介とともに、優秀な外国人在の確保のために魅力的な情報発信とその環境整備こそが政治と官民が一体になって行うべき高齢化対策だと思います。

因みにパラグアイの隣国ブラジルでは、60歳以上が高齢者と定義されて、ショッピングセンターなど公共の駐車場では入り口に近い場所に「身障者・妊婦さん・高齢者(IDOSO)」のためのスペースが確保され、飛行機などに搭乗の際も、エコノミークラスであっても優先的な扱いを受けることができ、快適な移動が楽しめます。

日本でも鉄道や映画などでのシニア割引はありますが、絶対数が多めで比較的経済的に優位なシニアに割引するよりも、むしろ子育て世代を含めた若年層への優遇を導入して、本人ファーストではなく、甘やかしとは別の視点で「若者ファースト」の仕組みを構築していくべきと思いますが、いかがでしょうか?

「2025年9月22日発」
パラグアイの言葉 semiconductor(セミコンドゥクトール)=半導体 英:同 葡:semicondutor

今週金曜日から日曜日にかけて、ブラジル国境の街エステ市で第二回台湾・パラグアイ半導体フォーラムが開催されています。

https://www.uptp.edu.py/tpforum2025/

台湾の半導体産業は世界のITC技術をけん引する役割を果たしており、代表格のTSMC(台湾積体電路製造)は、自社で販路を持たずにAppleやNVIDIAなどの最先端企業からの受託で日本円換算で14兆円近い売り上げ(2024年)を記録しています。

https://www.tsmc.com/static/japanese/careers/jasm/discover_tsmc.html

日本でも熊本県に工場を設置し、直接投資で3兆円、周辺産業も含めると11兆円もの経済効果を及ぼすと報じられています。

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00081/012800745/

ただ、TSMCはトランプ政権の圧力もあって米国への投資を優先させ、熊本の第二工場の着工は先送りになっているそうですが、いずれにしても、世界的に拡大するITC分野における重要なポジションを握っているのが台湾半導体産業であることは誰もが認める事実です。

https://jp.wsj.com/articles/tsmc-to-delay-japan-chip-plant-and-prioritize-u-s-to-avoid-trump-tariffs-f4f51b26?mod=Searchresults_pos18&page=1

一方で、高コストな米国での工場新設には多くの問題が生じているとも言われています。

https://toyokeizai.net/articles/-/874392

その台湾の半導体産業が、安価で豊富な電力や真水資源という半導体製造に欠かせない要件を満たすパラグアイに目を付け、日本・米国に次ぐ第三の海外拠点として検討を開始しています。

それを象徴するのが現在開催されているフォーラムで、昨日の開所式にはTorresあるとパラナ県知事をはじめ、パラグアイ政府の重鎮が出席して、世界最先端産業の誘致に向けて秋波を送る祝辞を述べていました。(ペニャ大統領以下の閣僚各氏とは前日にアスンシオンで会合済)。

その重要なフォーラムへの招待を受けて参加していますが、フォーラムの登壇者は1980年代の黎明期から今日に至るまで世界一の半導体産業を築き上げてきた台湾ITC業界の重鎮ばかりで、こうした面々の話を生で聴けるチャンスを得られたことは幸運の限りです。

今日の講義では、半導体産業を支える資材に関する解説がありましたが、その多くが日本の会社であることが強調されて、日本との協業こそが半導体産業を維持する重要な要素である、と説明されていました。(赤丸は筆者がつけました。)

半導体の生産でも、かつて世界一を誇った日本ですが、今はかつての勢いはなくなっています。しかし、新興メーカーであるラピダスが高速半導体を開発したニュースは久々に我々を勇気付けてくれるものでもありました。

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/11048/

また、新工場建設については、NHK特集で放映されましたので、是非ご覧ください。

https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/NWQKL47GY6/

半導体の需要はAIなどの進化によって今後益々高まると予想されている一方、地政学的なリスクも高まる今の世界で、”何処で生産するか?”というのも重要なテーマとなり、その意味で台湾や日本の反対側で、米国からも離れた南半球のパラグアイがリスク分散という視点からも魅力的と捉えられていることにもご注目ください。

「2025年9月29日発」
コロンビアの言葉 norma(ノルマ)=規範・規則 英:rule 葡:regra

今週はニューヨークの国連本部で年次総会が開催され、各国の代表者が演説を行いました。南米からの出席者による国連総会での演説で有名なのは、2006年にベネズエラのチャベス氏が発した「昨日悪魔がここに来た」として当時のブッシュ大統領を名指しで非難したことや、2012年に「本当の豊かさとは欲を張らないこと」と唱えて大量消費社会に警鐘を鳴らしたウルグアイのムヒカ氏の演説が有名です。

今年の総会では、米国のトランプ氏の演説時にプロンプターが故障したとか、イスラエルのネタニヤフ氏の演説を多くの聴衆がボイコットしたことなどが話題となっていましたが、昨日コロンビアのペトロ氏が、国連ビルの前で公衆と警備の公務員を前にイスラエルへの抗議演説を行い、直ちに米国政府からビザの停止処置がとられました。

これについてペトロ氏は’Rompe todas las normas de inmunidad'(国際法上の外交特権規則を無視した)として抗議声明を発しています。

https://www.cnn.co.jp/usa/35238514.html

処置が発表された時点でペトロ氏は既に出国済でしたが、この事件について、コロンビアでの報道は、野党指導者のファハルド氏によるペトロ氏への批判を展開したことを報じるものや https://www.eltiempo.com/politica/gobierno/presidente-gustavo-petro-se-pronuncio-tras-conocer-la-decision-de-estados-unidos-de-revocar-su-visa-rompe-todas-las-normas-de-inmunidad-3494650

ペトロ氏の反戦集会に元ピンクフロイドのロジャー・ウォータース氏がいたとして、集会に同情的なものなど、賛否入り混じったという印象を与えましたが、

https://www.elcolombiano.com/colombia/visa-petro-fue-quitada-departamento-de-estado-estados-unidos-tras-manifestacion-nueva-york-IH29489414

国連の機能不全を訴える声は他の首脳たちからも挙げられていたので、国際世論全般としてはペトロ氏に同調的とも思われます。

一方、パラグアイのペニャ大統領は、台湾との連携維持のためにもイスラエルや米国の同調を取り付けることは重要であり、トランプ氏からの歓迎を受けたことをアピールしていました。 https://www.lanacion.com.py/politica/2025/09/26/donald-trump-ofrecio-recepcion-al-presidente-santiago-pena-y-su-esposa/

トランプ氏との関係では、アルゼンチンのミレイ氏との親交ぶりも有名ですが、ミレイ氏は今月7日のブエノスアイレス州議会選挙で大敗を喫しており、これまで比較的順調とされてきた経済の回復にも影を落とす状況を迎え、この国の立て直しが一筋縄ではいかないことを再認識させる事態を迎えています。

ところで、在パラグアイ日本大使館では、恒例の日本文化紹介行事として、10月に日本映画の上映会を開催することが報じられましhttps://www.lanacion.com.py/espectaculo/2025/09/26/la-embajada-del-japon-ofrecera-un-ciclo-de-cine-en-octubre/

今回のプログラムで紹介されている作品は、あまり馴染みがないですが、11日に一般公開された「鬼滅の刃」はパラグアイでも大人気を博しており、来週日曜日に開催されるエステ市日本人会主催の日本食祭りにも大勢の日本ファンが押し掛けることが予想されています。

日本でもようやく暑さが和らいできたようですが、文化の秋ならぬ春を迎えたパラグアイで、もっと多くの日本シンパを増やすよう、頑張ってまいります。

以   上