執筆者:司 涼(元JICA海外協力隊)

写真1:地区のシンボルとなっている貯水タンクと公衆トイレ(奥)
本稿は、前回の「コミューナ13の再生と課題」に続き、メデジンのもう一つの再生の物語を描く。取り上げるのは、観光化がまだ始まったばかりのコミューナ3(マンリケ地区)である。ここには、行政主導の再開発ではなく、住民自らが築く内発的な都市再生の姿がある。
午前中に訪れたコミューナ13の喧騒は、まだ耳の奥に残っていた。ストリートダンサーの躍動感、観光客の熱気、そしてその裏に垣間見えた過密という新たな課題。強烈な光と影を体験した後、ツアーの車はメデジンの全く異なる顔を見るため、午後の目的地へと向かった。
車中で私は、ガイドさんに問いかけた。「コミューナ13はすごい人でしたね。観光客はいつもあんなに多いのですか」。ガイドさんは頷きながら、メデジンの観光の変化を語ってくれた。「昔は、コロンビアの危険な時代を知っている人が多かった。でも今は、ヒップホップやアートが好きな若い旅行者がほとんどだよ。僕の会社のようなプライベート型ツアーを主体する仕事は、彼らのおかげで成り立っている面もある」。ガイドさんの言葉は、観光が地域経済を潤す一方で、その恩恵が誰に、どのように届いているのかという問いを私に投げかけた。
そしてガイドさんは続けた。「これから行く場所は、コミューナ13とは全く違う。まだ観光客はほとんどいない。でも、そこには住民が自分たちの力で創り上げた、もう一つの再生の物語があるんだ」。その言葉に、私は強く惹きつけられた。
本稿で訪れるコミューナ3(マンリケ地区)は、「住民主導による内発的な再生の途上にある街」である。政府主導のインフラ投資で劇的に変貌したコミューナ13との対比を通じて、メデジンの都市再生におけるエストラート(階級区分)制度の影、アートが持つ記録と再生の力、そして持続可能な開発の多様な形を考察したい。
午前中にコミューナ13の劇的な変革と、そこに残る格差の構造を目の当たりにした後、午後のツアーはメデジン北東部へと向かった。ここではガイドが交代し、より地域に密着したスポットガイドによる案内が始まった。
(1) 水と緑がつなぐ暮らし:マンリケ地区の水平インフラと再生
私が到着したコミューナ3(マンリケ地区)は、渓谷を見下ろす急な斜面に、赤茶けたレンガ造りの家々が密集する広大な居住区である。住居はその家の外壁にカラフルな色で染められていて、鮮やかな光景である。観光客向けの派手な看板はなく、生活の匂いが色濃く漂うこの場所は、午前中に訪れたコミューナ13の祝祭的な雰囲気とは異なっていた。

写真2:貯水池につながる町の中央にある水路
この地区の変革は、コミューナ13のようなメトロカブレやエスカレーターといった大胆な垂直インフラによって始まったのではない。ガイドさんの話によると、その再生の起点は、地区中央に位置する貯水池と、その周辺の緑地化であった。この山沿いの地区は豪雨による地滑りのリスクが高く、貯水池の建設は排水調整や洪水防止という、住民の生命を守る環境インフラとしての役割が主であった。この貯水池の周辺が緑地として整備されたことで、かつては閉鎖的だった街に変化が生まれた。憩いの場となった公園では、子どもたちが遊び、近隣住民が語らう姿が見られ、分断されていた人々の関係が少しずつ回復していったそうだ。水と緑が、住民同士のつながりを取り戻す象徴となっていた。そのおかげで、かつては分断されていた住民同士の交流が、この「水と緑」の空間によって徐々に回復してきたという。
(2) アートが記憶をつなぐ:壁画プロジェクトと観光の芽生え
コミューナ3の精神的な再生を象徴するのが、行政と住民が協働したマクロ壁画「コンステラシオネス(Constelaciones)」プロジェクトである。メデジン市の文化市民局と経済開発局の支援を受け、500以上の住宅の外壁が塗り替えられ、14,819平方メートルに及ぶ巨大壁画が完成した。この壁画は、かつてこの地で命が失われた過去を、星座のような幾何学模様で表現し、悲しみを希望に変える視覚的記憶として機能している。ガイドさんは、このプロジェクトをきっかけに住民間の分断が解消され、町の中に活気が戻ってきたと語った。

しかし、実際にコミューナ3を歩いてみると、コミューナ13の観光客の集中は全くなく、舗装されていない坂道が続く、完全に日常の住宅地を歩いている状況であった。露店や土産物屋はほぼなく、薬局など住民のための出店が点在している。私の印象としては「なぜここが観光地なのか」と不思議に思うほどであった。しかし、観光とは必ずしも商業化された空間を意味するわけではない。むしろ、住民の記憶や日常が息づく場所こそが、観光の新たな可能性を秘めているのかもしれない。そうした視点で歩いてみると、この地区の静かな変化が、観光の「芽生え」として見えてくる。ここは商業化されたコミューナ13とは異なり、住民生活の空間だった。動画を回したり、写真を撮ったりすることが住民にとって不快なものになりうる気がした。
そんな日常の中で、ガイドさんは「観光客向けのコーヒーショップも最近できた」と、この変化の初期段階を喜んで報告してくれた。さらに、落書きの中に描かれていた黒人のふくよかな女性「マリア」という方がこの地区を象徴する存在であり、その彼女が経営するレストランに立ち寄ることができた。そこでいただいた無添加のエンパナーダと、私のお気に入りであったパネーラ(サトウキビの飲み物)の味は、観光客に媚びない地域の食文化の強さを物語っていた。
(3) 静かな始まり:コミューナ3の観光黎明期と住民主体の歩み
最終的にガイドさんに、この地区の観光地化の現状を尋ねると、「地域が一体となって観光地化していくつもりである」と語った。コミューナ13が丘陵のある地形により垂直インフラとアートをきっかけに、観光地化の「確立フェーズ」に到達したのに対し、コミューナ3は地中に埋設される水路や貯水池という水平インフラと協働のアートを核に、コミュニティの再構築を優先し、ゆっくりと観光地化の「黎明期(フェーズ1)」へと歩みを進めているように思える。
未だ舗装されていない道路が多く、露店も少ないこの地区の状況は、まさに昔のコミューナ13が、大規模なテコ入れを受ける前に見せていたであろう住宅地としてのリアリティを想起させた。コミューナ3は、「住民主導の内発的な地域開発」という、メデジン再生のもう一つの側面を静かに示していたのだ。
コミューナ3を歩いている最中、ガイドさんはこう語ってくれた。「メデジンでは、住民が地域の課題に対して予算の使い道を決める仕組みがあるんです」。それが「市民参加計画(Plan de Participación Ciudadana)」という制度である。住民自身が自分たちの暮らしに必要なものを選び、行政と協働して街をつくっていくというこの仕組みは、コミューナ3のような内発的な再生を支える土台となっていた。
旅の時点ではその概要しか知らなかったが、後日デスクで調べてみると、この制度の中核には「参加型予算(Presupuesto Participativo)」という仕組みがあることがわかった。住民は地域ごとに集まり、課題を話し合い、限られた予算をどのプロジェクトに配分するかを民主的に決定している。コミューナ3の住民が貯水池の緑地化やマクロ壁画の制作を優先したのは、この制度を通じて、自分たちの生活に最も必要なものを自ら選び取った結果だった。
この旅を通じて私が実感したのは、メデジンの変貌が単なる「成功物語」では語りきれない複雑さを孕んでいるということだ。エストラート制度が残した階級の構造、コミューナ13に集中する観光収益の偏り、そして開発モデルの多様性。それらは、都市再生が一様ではなく、地域ごとに異なる倫理と選択があることを示していた。
コミューナ13は、垂直インフラとアートによって劇的な変革を遂げた象徴的な地域である。しかしその成功の裏には、収益の偏在や物理的拡張の限界といった新たな課題も見え隠れする。一方、コミューナ3は、生活環境の改善とコミュニティの結束を優先しながら、ゆっくりと観光の可能性を模索している。華やかさはないが、そこには住民の手による着実な歩みがある。

この二つの対照的なアプローチの根底には、「市民参加計画」という制度が静かに息づいている。それは、都市の未来を行政だけでなく、市民自身が形づくるという思想に基づいている。メデジンは「ラテンアメリカの奇跡」と称されることもあるが、その実態は、きらびやかな成功の裏にある市民の選択と葛藤に満ちている。
「持続可能な都市再生」とは、コミューナ13のように世界に向けて開かれることだけではない。コミューナ3のように、生活の安全と質を地道に高め、コミュニティの絆を育むこともまた、都市の未来を形づくる重要な道である。この旅は、単なる観光地の記録ではなかった。格差社会における開発の倫理、市民の参加が都市のあり方をどう変えていくのか――その問いに向き合う、静かで力強い学びの旅だった。
華やかな観光地化と、静かな生活再建。そのどちらにも、都市を動かす力がある。では、私たちが都市に求める「持続可能性」とは、一体どのようなかたちなのだろうか。
<参考文献>
・Participación Ciudadana y Presupuesto Participativo de Medellín (PLAN DE PARTICIPACIÓN CIUDANA VERSIÓN 2, PLAN DE PARTICIPACIÓN CIUDADANA 2025 VERSIÓN 2)
・Alcaldía de Medellín: “Constelaciones, el macromural más grande de Medellín, un referente de transformación social”
・Manrique, el barrio de Gardel en Colombia
https://www.ciencuadras.com/blog/guia-de-barrio-manrique-medellin