執筆者:小川茉里(AKARI SAS代表取締役、在コロンビア)
気づけばコロンビアで暮らして13年になる。当初はボゴタで、結婚後はカリに拠点を移しながらも、多くの方の支えで毎日明るく生活している。これまで二度子どもを授かったが、どちらも日本での出産を選択し、3度目となる2024年の妊娠はカリで産むことに決めた。
夫は日頃から出張が多く、上2人の子どももまだ手がかかる。日本にいる双方の親は遠方で来られず、また医療水準や安全性を心配していた。確かに、日本での出産に慣れた身からすると戸惑う点は少なくなかった。しかし同時に、今振り返るとこの国ならではの「割り切り」と「制度の現実」を、身をもって知る貴重な経験でもあった。
妊娠が分かった直後すぐにすることは産婦人科医さがしである。こちらでは帝王切開が主流のため、自然分娩を希望する私は「自然分娩推奨派」を標榜する医師をさがし、保険がカバーされるかを電話で確認し初診の予約をとる。
分業制の国のため、主治医はエコーや血液検査等の必要な指示を紙で渡し、患者はそれを持ってスタンプラリーのようにラボをまわり検査を受け、また次の健診までに主治医に結果を持ち込む仕組みである。そのため、こちらは検査結果を受け取るのは常に直接患者本人であり、気が変わればどこの医者に持っていっても問題ないということになる。
日本の個人産院のエコーはサービスの一環と聞いたことがあったが、まさにその通りで必要な回数以外はエコーはなし。しかし、そのエコーでは時間をかけて徹底的に調べるため不安がない。
問題がなければ「次は数週間後」だが、医師の関心は明確で、「異常があるかどうか」だけに絞られている。出生前診断も当たり前のように組み込まれており、少しでも一定の確率を超えると染色体異常の確定診断をするよう強く求められる。そのため、「どんな異常があっても妊娠は中断しないので、必要な検査以外希望しない」と事前に何度も伝えておいた。
日本では2週間に一度の健診となる妊娠7カ月以降も、こちらは1か月に一度のペースは変わらなかった。安心感という点では、日本の妊婦健診は群を抜いている。一方で、コロンビアの医療は、正常妊娠は医療介入を最小限にするという思想がはっきりしているようだ。
私が利用したのは、公的保険(EPS)ではなく medicina prepagada と呼ばれる民間医療保険である。これはEPSの上に重ねて加入する補完的な仕組みで、月額約1万5,000円を支払うこと、私立病院や評価の高い医師に直接アクセスできる。妊娠・出産も対象に含まれており、コロンビアでは中間層以上にとって現実的な選択肢とされている。
とはいえ、「民間」と聞いて想像するような手厚さはない。診察はあくまで効率重視で、医師の関心は数値と結果に集中している。エコーや血液検査など、必要な検査・診療の指示は淡々と出されるが、それ以上の説明はほとんどない。
「大丈夫だから心配しないで」という言葉をかけられたのは、体重管理について指摘されたときくらいで、妊娠そのものに関しては、感情に寄り添う言葉は期待されていない。不安を言語化し、安心を与える役割は、医療の範疇に含まれていないのである。
その割り切りは、日本の医療に慣れた身には冷たく映るが、同時に、過剰な介入を避ける合理性も感じさせた。コロンビアでは、どうやら医師は導く存在ではなく、判断を下す専門家であり最終的に身体を引き受けるのは妊婦本人らしい。
その感覚が腑に落ちてから、私の向き合い方も変わった。薬ひとつとっても、医師の処方を無条件に受け入れるのではなく、一つひとつ内容を確認し、過去二回の妊娠で特に問題なく経過したものや、自分なりに必要性を感じないものについては、あえて摂取しないという選択をした。
予定では計画無痛分娩だったが、その2日前の38週と5日に産気づいた。深夜の2時に病院に到着すると、予想以上に進んでおり、「もういつ産まれてもおかしくない」と分娩室に連れていかれた。
その時たまたまいたシフトの女性医師はあっけらかんと「さあ、あとは赤ちゃんとの呼吸で産んで」という。看護師たちは(コロンビアには助産師という職種はない)少し離れた場所からこちらを見守るだけ。医師も、立ち会う予定の小児科医も、必要な処置以外には極力手を出さない。励ましの言葉も、手を握る仕草もない。あまりの仕打ちに、涙がこぼれた。こんなに痛いのに、誰も「大丈夫」と言ってくれない。
「産むのはあなた自身でしょう」と、突き放されたような気がして、孤独と絶望に包まれた。
だが、その瞬間、私の内側から別の感覚が立ち上がってきた。そうだ、産むのは私だ。
誰かに委ねる余地はない。他人の手を待つこともできない。ただ、自分の身体とこれから生まれてくる子どもを信じるしかない時間。赤ちゃんが産声を上げた瞬間、初めて、自分の力で産んだという実感を持った。
産後のお祝い膳。日本での出産を知っている人なら分かるだろう。
「産後のご褒美」のように運ばれてくる、あの少し特別な食事。疲れ切った身体に、温かいスープや品数のある膳が染み渡る。そんな記憶が、過去2回の出産ではあった。
ところが。
出産から約2時間後、ようやく部屋に運ばれてきた「食事」は、トレイの上に置かれていたクラッカーのみ。

一瞬、配膳ミスかと思った。
コロンビアの病院には、「産後の栄養管理を病院が担う」という発想そのものが存在しない。
回復や滋養は、24時間後の退院後に家庭で行うもの――それが前提なのだ。
クラッカーをかじりながら、私は妙に納得していた。この一枚に、コロンビアの医療観と生活観が、すべて詰まっている気がしたからだ。
文化の違いを、これほど端的に、しかも空腹とともに実感した瞬間は、そう多くない。そしてしみじみと納得したあと、夫にチキンの出前を命じたのであった。後になって知ったのだが、当地では出産後の母親のほとんどが、病院で好きなものを出前するという。
こちらで出産すれば、まずコロンビアで出生証明書が発行される。産後間もなく子どもを連れて、公証役場で手続きするのが一般的なのだが、出産した病院では出入りの公証役場業者がおり、そのまま病室で足形をとり、手続きができた。

2026年現在、コロンビアは南米では珍しく条件付き出生地主義を採用している国であり、自動的に付与される近隣国とは手続きが違う。外国籍の親の場合、移民査証や永住査証といった一定の在留資格を有していなければならず、出生証明書に「国籍を付与する」と明記されて、初めて成立する。
我が家の場合も、その確認は慎重に行われた。公証役場の職員はその場で上司に電話をかけ、在留資格や条件を一つずつ照合したうえで、「国籍付与に該当する」と結論づけた。

そのやり取りを見守りながら、私は静かな感慨を覚えていた。
医療の戸惑いも、分娩時の割り切れなさも、すべてがこの国で生きる過程の一部であり、その積み重ねの先に、子どもは「この国の一員」として迎え入れられた。コロンビアで産むという選択は、不必要な介入が少なく母親の判断と主体性が強く求められる出産だった。
それは日本の出産文化とは対照的であり、どちらが優れているかという話ではない。
ただ一つ確かなのは、この経験が私自身の「産む」という行為の捉え方を大きく変えたということだ。そして国籍という、極めて制度的でありながら象徴的な形で、子どもとコロンビアのあいだにつながりができた。
この国で生まれ、この国の空気を最初に吸ったこの子が、私がこれまで接してきたコロンビア人のように、寛容で温かく、たくましく生きていくこと願っている。
以 上