ボリビアの暗号分析専門秘密組織である国家諜報機関の有能な暗号分析官だったサーエンスは、部内では英国暗号解読者でナチス・ドイツのエニグマ暗号解読に大きく貢献したチューリングの名で呼ばれている。ブラック・チェンバーと呼ばれるこの機関はCIAのボリビア駐在から転じたアルベルトが政府に創設を働きかけ初代長官になったが、今はサイバー攻撃に対峙する組織に変えるため、米国のNSA(国家安全保障局)から招聘されたグラハムが継ぎ、チューリングは閑職に移されている。娘のフラービアは高校生ながら趣味のコンピュータ知識を駆使して一人で「トード・ハケル」(All Hacker)という自分のサイトを公開している。
舞台は著者の故郷ボリビア第3の都市コチャバンバと思われるリオ・フヒティーボで、1971年から7年間の長期独裁を行い97年に再び大統領に就き新自由主義経済政策を行ったバンセル将軍を思わせるモンテネグロ大統領の下で行われた電力公社民営化で獲得した米・伊資本のグローバラックス社が買収1年後に過酷な電力料金引き上げを打ち出し、激高した市民、労組、農民組合が結集して道路封鎖など抗議運動が激化していく騒然たる世情の中で物語りが展開する。
抗議運動と並行して政府機関や多国籍企業のサイトに侵入して混乱させる集団の中でもカンディンスキーを中心とする若者達のハッカーと、フラービアを雇い入れ犯人捜しを行うグラハム率いるブラック・チェンバー、独裁政権下で組織の暗号連絡文を解読され捕らわれ惨殺された従姉の復讐にアルベルトとチューリングの殺害を誓うカルドナ判事などが絡む。実はアルベルトはサーエンスが暗号解読者として有能なるが故にチューリングと呼んだのではなく、仕事だけが関心事でその成果が政治的にどう使われるか無関心を揶揄してのことであったことも示唆される。
この抗議騒動も、99年に世銀の指導で行われたコチャバンバ市営水道公社の民営化で、唯一応札し手中に収めた米国ベクテルの子会社が行った水道料金値上げと井戸・灌漑利用料徴収に抗議したコチャバンバ水戦争を彷彿させる。抗議運動の中でコカ栽培農家連合からそのエボ・モラエス指導者が後の大統領候補になって行くのだが、こういった背景も知っていると、暗号解読やハッキング、ハッカー捜しを主にしたテクノスリラー小説としてばかりでない面白さもある。
〔桜井 敏浩〕
(服部綾乃・石川隆介訳 現代企画室 2014年8月 538頁 2,800円+税)
〔『ラテンアメリカ時報』2014/15年冬号(No.1409)より〕