ブラジルの土地無し農民運動(MST)について、リオグランデドスル州における農地改革の起源と20年前の独裁政権下以来のMSTの活動、野営地の生活、運動の全国化から、ペルナンブコ州と北東ブラジルでの農地をめぐる抵抗の歴史、MST闘争、アマゾンの変貌と農地改革集落、リオドセ社(現VARE)のカラジャス鉄鉱山往訪記などを3章で述べ、最終第4章でMSTの評価を、農地改革後集落の生活改善、農地改革への政府のアプローチの変化、さらに世界の農地改革と従属論、運動の刑事責任免除(法的不可罰性)、土地と森林の将来、そしてMST運動の市民権醸成と日常政治闘争、ブラジル市民社会や国際関連におけるMSTを紹介し、最後にMSTの子供たちとその将来、補遺としてルーラ政権下でのMST擁護・支援の風潮と、対するに高度資本集約的な輸出向け農業政策も提唱されたことを述べている。
著者ウォルフォードは1993年に初めてMSTに出会い、以後北東ブラジルでボランティアとして活動に加わり、後に米国とサンパウロ大学で学びながらMST本部で過ごして、現在は米国の大学で助教授をしている。ライトは、米国の大学でブラジル歴史を専攻し、バイア州での輸出農業プランテーション、同州の生物保護、農民組織の研究を続け、米国の大学で教鞭を取った。
著者達の経歴からも明らかなように、MSTとその農地改革集落の中での調査の集積に基づく部分が多いので、おのずからMST運動の意義と成果を力説した記述が多い。それらを否定するものではないが、他方紹介者が見聞したところでは、農民でない農業経験も営農技術もまったく持たない失業者が土地占拠に参加し、一定期間経過することで土地所有権が認められた後に獲得した土地を売却して他の新たな占拠地に向かう事例があるようだが、富の偏在による貧富の格差、大土地所有制の既得権がなかなか崩せないという事情はあるものの、法秩序を無視して力で不法占拠の既定事実化を追認させるというやり方での対処策についても、それだけしかないのかを検討しなければ片手落ちというものだろう。
〔桜井 敏浩〕
(山本正三訳 二宮書店 2016年4月 401頁 4,800円+税 ISBN978-4-8176-0406-4 )
〔『ラテンアメリカ時報』2016年秋号(No.1416)より〕