1899年に始まったペルーへの日本人移民の家庭では日本食(日本での和食と区別するため、本書では日系食と呼んでいる)が作られてきたが、中国人移民が持ち込んだ中国料理と異なり、1980年代末までこれがペルー人大衆の日常的な外食の対象になることはなかった。日本人移民はペルーでの生活に適応し、上流家庭の使用人や料理人になり、やがて飲食業に進出する者も現れたが、日本人相手の食堂や日系人の行事での販売品のほかはペルー料理が供され、徐々にペルー化が進みつつあった日系食はあくまで家庭内に留まった。
1970年代に入り、ペルーに日本からの進出企業が増えるにともない、日本からきた板前の居る日本料理店が相次いでリマで開店したが、80年代の社会・経済・政治の混乱により、ペルー社会はもとより日系社会との深いつながりが出来るには至らなかった。
しかし、もともと魚介を食し味の素など日本のうまみが分かるペルー社会で、日本人料理人のほか日系二世たちの中から日系食とペルー料理を融合させた料理を出す店が現れ、やがてペルー社会から評価され、ペルー料理にも影響を与えるようになった。近年創作された日系フュージョン料理は、いまやラテンアメリカばかりでなく世界的にも注目されるまでになっている。
著者は、ペルー等の日本人移民史に詳しい慶大教授。100年の歴史の中での日本食の変遷は、多様な食文化が併存しつつ相互に影響を与え、社会がそれを受け容れていくやわらかな多文化主義が拓いたものだという。
〔桜井 敏浩〕
(慶應義塾大学出版会(慶應義塾大学教養研究センター選書16) 2017年3月 109頁 700円+税 ISBN978-4-7664-2418-8 )
〔『ラテンアメリカ時報』2017年春号(No.1418)より〕