ホンジュラス東部カリブ海側、ニカラグアとの国境寄りの地域は、マヤ文化圏から離れているが、そこにも古代文明の遺構があることはコルテスのアステカ侵攻の頃から伝えられ、黄金があるという伝承に釣られて時折近づこうと試みる者がいた。「白い都市」と人々が呼ぶ遺跡に踏み入ったという者の信憑性の定かでない見聞や売りに出た彫像などの遺物、そこには猿の巨像が埋まっていう噂話から「失われた猿神王国」と人々に知られていたが、その後送り込まれた幾つもの探検隊で白い都市と猿神王国の存在を立証出来た者はいなかった。
しかし、この20年程の間にNASAが撮った精巧な航空写真とそれを解析する技術が進歩して、密林に隠れた地形も読み取るライダー画像解析により、間違いなくこのラ・モスキティア(La Muskitia)山中に大規模な遺跡の存在を確信できるようになって、写真家エルキンスは、2010年にまずライダーでの現地探査許可と国立人類学・歴史学研究所IHAHの協力をホンジュラス政府から取り付けた。博物館に関わるライターをしてきた著者が写真家、映画プロデューサー等とともに加わったチームは、2012年のライダー調査で絞り込んだ谷間の3地区に遺跡が存在することを確認し、2015年にいよいよ軍の支援も得て、IHAHや考古学、人類学、植物学者も加わった調査隊が地上から入ることとなった。深い密林、豪雨による泥濘、毒蛇などに阻まれ調査は難航するが、遺構の一部と多数の露出している遺物、石版、彫像を見つけた。調査は空軍とチャーターしたヘリコプターの使える期限等の制約からいったん終結され、ここまでの成果はホンジュラス政府とメディアによって大々的に発表されたが、その後この調査の手法や構成、考古学調査そのもののあり方をめぐる学界との論戦、調査団員の相次ぐ熱帯感染症の発病があり、著者達の再訪は2016年になり実現し、エルナンデス大統領も視察に訪れその地を「ジャガーの都市」と宣言した。
本書はジャーナリストが書いたものであるが故に一部誇張や誤解があり、肝心の遺跡や遺物の記述が実見録に留まっていて考古学的視点からの観察でないのが物足りないが、目まぐるしく変転する政情の中でチームが調査計画を進める描写はホンジュラスの実状をも垣間見せてくれる。
〔桜井 敏浩〕
(鍛原多恵子訳 NHK出版 2017年4月 380頁 2,200円+税 ISBN987-4-14-081716-2 )
〔『ラテンアメリカ時報』2017年夏号(No.1419)より〕