本書は1961年に中央公論社から出版され、1975年ならびに2001年に中公文庫として刊行されたものの改版。著者は東京大学教養学部で英文学者の道を歩み始めたと思われたが、文化人類学、スペインのクロニスタ(年代記作家)研究に興味をもち、1959年にわが国のアンデス文明考古学の開祖といっていい泉 靖一東大教授のアンデス調査団に加わり、ハーバード大学留学をきっかけにクロニカならびに公文書・教会や司法の文書研究に邁進した。『大航海時代叢書』(岩波書店)のクロニカの訳はじめ多くのラテンアメリカ史に関する論文、研究書から一般向けの平易な解説書を執筆したが、2016年11月に亡くなられた。
黄金帝国の噂を聞きつけて1524年に建設されたばかりのパナマ市で、助任司祭だったルケ、ピサロとアルマグロという二人の軍人がその征服について謀議をするところから始まり、探検隊を組織して太平洋岸を南下、幾多の困難を乗り越えてインカ帝国の北端に辿りつく。一方、インカは創造主ビラコチャ以来チャンカ族等との抗争に打ち勝ち驚異的な領土拡大を実現したが、最盛期の後、コロンブスの到達の翌年の1493年に皇帝の地位についた第11代ワイナ・カパックが現在のエクアドルに遠征している間に、スペイン人の到来より早く伝染してきた天然痘・はしか等のビールス性疾病により病死し、その跡目をクスコの嫡子ワスカルとペルー北部カハマルカに駐屯していた妾腹のアタワルパ異母兄弟が争う事態になった。この内紛状態に、三度目の探検隊でエクアドルに180人の兵士と数十頭の軍馬で上陸したピサロ一行がつけ込み、アタワルパを奸計を持って捕虜とし、莫大な身代金を奪った後に処刑してしまう。ピサロの1533年にクスコ入城によってインカを征服、その後も起きたインカの抵抗に打ち勝ちスペインの植民地として基礎を固めた。
本書は、膨大な史料群研究により裏付けられた歴史叙述であり、征服者とインカの動きを追った情景描写は、あらためて歴史の面白さを教えてくれる。
〔桜井 敏浩〕
(中央公論新社(中公文庫) 2017年2月 257頁 1,000円+税 ISBN978-4-12-206372-3 )