食事をキャッサバ(ユカ/マニオク)、トウモロコシ、米などのうち一種類に依存し、生物多様性とは正反対の画一性の危機に直面している人たちが少なからずいる。バナナの栽培で1950年代にグアテマラでの経済を支配していた米資本のユナイテッド・フルーツ社をはじめ、バナナ産業は生産効率と品質の安定のために種子を結ばず地下茎から生え出す吸枝による挿し木によりクローン栽培され、世界中で輸出用バナナのほぼすべてが遺伝的に同一種になっているが、もし病気や害虫が拡散すればそれは作物に広範に壊滅的な打撃をもたらす。このリスクはバナナのみならずトウモロコシ、ジャガイモ、コーヒー、茶、カカオ、米、ゴムなどにも共通しており、人類が安価で季節に関係なく基本的な欲求を満たそうとすれば農業は単純化され大規模生産が拡大するが、それは生命の多様性とは逆行するものである。本書は、生命の多様性を守ることで作物と人類を救おうと闘う科学者たちの物語りである。
アンデス原産のジャガイモがアイルランドの慢性的飢餓を救ったが1846年の疫病でほぼ全滅し100万人以上の餓死者を出し、同じく米大陸から持ち込まれたキャッサバが、1970年にコンゴで虫害によってアフリカの農民に壊滅的打撃をもたらしたことなど、現代史上での食料飢饉の例を挙げた後、アグリビジネス企業による病原体や害虫に対応する農薬・殺虫剤の普及と耐性病原菌・害虫との限りない競争、天敵昆虫等の導入や遺伝子操作種子による対処、科学者たちの遺伝学の基礎資料となる伝統作物品種保存のための世界種子貯蔵庫の設立など、現在の動向を数多く紹介している。現在、普段は豊富にあるのが当たり前と考えている作物が大きな危機に晒されていることを知らせ、私たちが食物を無駄にしないこと、植物飼料を大量に使う肉の摂取を減らすこと、そして庭や鉢植えでもよいから作物を育てて栽培方法だけでなく害虫、病原体、花粉媒介の共生生物観察をすることにより、作物研究の裾野を広げることを提唱している。著者は米国の進化生物学者。
〔桜井 敏浩〕
(高橋 洋訳 青土社 2017年8月 396頁 2,800円+税 ISBN978-4-7917-7005-2 )