『アルゼンチンカトリック教会の変容 -国家宗教から公共宗教へ』 渡部 奈々 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『アルゼンチンカトリック教会の変容 -国家宗教から公共宗教へ』 
渡部 奈々

 アルゼンチンのカトリック教会は、政府と密接な関係によってその権益を維持し国家的な強制力をもっていたが、軍政(1976~83年)を容認しその人権侵害を黙認していたことから国民の支持を失い、民政移管後の市民社会構築プロセスから取り残されたものの、その後社会における公共宗教となった。カトリック教会には、ローマ教皇を頂点とするヒエラルキーに基づく既存の「組織教会」と、第二バチカン公会議(1962~65年)の理念の「人々とともに生きる教会」を実践する社会支援活動を理念とする「民の教会」の流れがあるが、本書は国家宗教から公共宗教への変容、軍政下でなぜ組織教会はバチカン公会議以降も軍政支持を続けたか、1968年に軍政に抗議する「第三世界のための司祭運動(MSTM)」はなぜ民政移管後に公共宗教になり得なかったかを考察し、軍政を最後まで支持し続けた組織教会が民政後国家宗教としての権威を失い世俗化と信徒の教会離れに直面しながらも、倫理的権威者として新たな公共的役割を担うようになったか、民の教会の事例としてMSTMと市民組織マドレ・ティエラと「スラムのための司祭グループ」の活動と政治的方向性の差違、深刻化する麻薬問題と薬物依存者への支援における両者の差違を検討し、ブエノスアイレス大司教時代からスラム司教を支援していた現ローマ教皇フランシスコにより、組織教会と民の教会の関係の変化にいたるまで考察している。
 さらに著者が大ブエノスアイレス圏のモレノ市で行った民の教会の草の根レベルの活動調査から、地域における公共的役割を明らかにし、1980年代以降アルゼンチンでも癒やしと悪霊祓いを主とした伝道集会によって勢力を拡大しカトリック信徒を奪っている新教ペンテコステ派の特色、カトリックとの差異を観察し、最後に結論としてアルゼンチンのカトリック教会には組織教会と民の教会の二つの公共宗教性があり、組織教会は社会的規範の倫理的権威者としての役割を期待されているが、一方で人々は政治領域はもちろん同性婚や薬物使用合法化等の私的領域への介入には拒絶感を持っており、後者については教会が現代の世俗的道徳規範に合わせて変わるべきだと考えていて、教会が倫理的権威者を自任している限りその公共宗教性に限界があるが、公共的役割を規定しているのは、今や市民社会であってその同意なしには介入し得ず、また市民が規定する以上、宗教の役割は市民のニーズや価値観によって変化するものとなっていることを指摘した上で、真の宗教としての「刷新」と宗教的アイデンティティの「維持」のジレンマが予想されると結んでいる。
                                〔桜井 敏浩〕

 (成文堂 2017年12月 232頁 5,000円+税 ISBN978-4-7923-3366-9)

 〔『ラテンアメリカ時報』2018年夏号(No.1423)より〕