2000年以降サンパウロ大学等の客員教授を務めたこともある文化人類学者が、大学や一般人向けに行った一連のブラジル映画史と作品紹介の講座の記録を文字化したもの。1930年代の黎明期から、1960年代半ばのイタリアのネオリアリズム、フランスのヌーヴェルヴァーグの影響を受けたシネマ・ノーヴォ運動、1964年からの軍政時代には抑圧と高度経済成長によって変容しながらも数々の優れた作品を生み、1985年の民政移管後に国際的にも評価された映画を輩出するようになったブラジル映画について、その精神性、ブラジルの歴史・風土・文化を、1959年のカンヌ映画祭最高賞を受けたフランス人のマルセル・カミュ監督の『黒いオルフェ』から説き起こし、1937年の初のトーキーから1984年の間に制作された12本の映画を取り上げ、粗筋、見所とその映画の意義、時代背景などを解説し、著者の考えを縦横に語っている。
著者は真のブラジル映画は、ブラジル文化の新たなビジョンを提示した1980年代末で終わっているが、それは近年の『セントラル・ステーション』や『シティ・オブ・ゴッド』など日本でもヒットした新しい映画について、世界的な映画市場を意識して容易に英語題名に変換される映画はもはやブラジル的主題から外れたアイデンティティを失った別物だからだとしている。
〔桜井 敏浩〕
(現代企画室 2018年5月 450頁 2,800円+税 ISBN978-4-7738-1803-1 )
〔『ラテンアメリカ時報』2018年夏号(No.1423)より〕