『タンゴと日本人』  生明(あざみ) 俊雄 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『タンゴと日本人』  生明(あざみ) 俊雄


19世紀末にブエノスアイレスの港町で生まれたタンゴは、20世紀に入ってパリで評価され、洗練された小気味のいいリズムは欧州で広く受け容れられてアルゼンチンに凱旋してきた。日本でも戦前戦後何度もタンゴ流行の波があって、日本人の多くはさほど思っていないが「日本人は我々に次いで世界で二番目にタンゴの好きな国民」とアルゼンチン人が認めているほどである。1953年に歌手藤沢嵐子がアルゼンチンで大反響を呼び、1961年には既にフランスで大成功をおさめタンゴ王と言われたフランシスコ・カナロの楽団が来日し、各地の演奏会は超満員になった頃が日本のタンゴ・ブームの最盛期であった。1990年代後半にはバンドネオン奏者でモダン・タンゴと見做されたアストル・ピアソラの世界的なブームがあった。
本書は戦前ダンス音楽として輸入され、戦後に数度のブームを迎えて今は未だ根強いファン層はいるもののその後日本では表舞台に立つことはなくなったタンゴが、実は歌謡曲と融合してタンゴ調、タンゴそのもののヒット曲を生みだし、日本の音楽文化に溶け込んできたことを詳細に指摘している。タンゴの起源と日本への到来、ダンスホールやタンゴ喫茶、コンサートや不振のタンゴ界を50余年にわたって支えてきた「民音」、ラジオやレコード、テレビと、タンゴを育てた場所と仕組み、発展を牽引した解説者や中南米音楽専門誌、バンドリーダー達の仕事人、「黒猫のタンゴ」は言うに及ばず、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」はじめタンゴの要素を取り入れた歌謡曲は枚挙に暇がない。しかし、日本でのタンゴはいまや歌謡曲とともに地下に潜んでしまった観があるが、学生タンゴバンド出身で長く洋楽界で関わってきた著者は、徹底的に見せるダンスで世界を席巻した「タンゴ・アルヘンティーノ」ショーや死後クラシック音楽演奏家からも取り上げられて人気を復活したピアソラの例を挙げて、タンゴを愛するDNAを他国の人よりは沢山持ち次世代に受け継いでいる筈の日本人のエネルギーで「タンゴよ 蘇れ」と結んでいる。
〔桜井 敏浩〕

(集英社(新書) 2018年8月 235頁 840円+税 ISBN978-4-08-721043-9 )

〔『ラテンアメリカ時報』2018年秋号(No.1424)より〕