『旅の表層 -ユーラシア大陸横断、ラテンアメリカ縦断、そして沖縄 港にたどり着くまで』 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『旅の表層 -ユーラシア大陸横断、ラテンアメリカ縦断、そして沖縄 港にたどり着くまで』

1978年11月に米国経由メキシコに入り、バスでグアダラハラ、グアナファト、メキシコシティを経て南部のチアパス州からグアテマラへ、グアテマラシティで1979年の新年を民宿で迎えた。エルサルバドルの首都サンサルバドルで1週間ほど過ごし、ニカラグアは当時危険な状況で飛行機でコスタリカに飛んだサンホセにはニカラグアから避難してきた人たちがいた。中米縦断バスでパナマに入り、空路で入ったコロンビアのメデジンからバスで南下していよいよ南米の旅が始まった。エクアドルでアンデス山中の道路をバスに揺られ高山病に悩まされながらペルーに、リマから南部の山中のアヤクチョ経由クスコへ、鉄道駅で難聴の著者に必要不可欠な補聴器やそれまで住所交換を書いたノートを入れた小袋を盗まれるなどしたが、マチュピチュにも行き列車でティティカカ湖畔のプーノからボリビアのラパスに行き、アルゼンチン北西部へ向かうために国境の町へ鉄道移動しバスでフフイに着いたが、そこからブエノスアイレスへは列車寝台で向かった。ブエノスアイレスで5泊し、スペイン語圏に別れを告げてヴァリグブラジル航空でリオデジャネイロへ、3晩泊まった後にヴァリグでリマ経由ロサンジェルスに。米国嫌悪症の著者はすぐに中華航空に乗り継ぎ、1979年3月末に羽田に帰着した。その後ペルー、ボリビア旅行中に会った日本女性に沖縄に行くと言ってしまったことから帰国翌月に沖縄に行き、とんとん拍子に沖縄の弁護士事務所で客員弁護士と沖縄大学の刑法の教員の仕事が決まり、沖縄の女性と結婚している。

著者の2018年の『旅の反復 世界のウチナーンチュを訪ねて -父と娘の旅道中』https://latin-america.jp/archives/31164 に続くものだが、著者の外国旅行としては本書が最初で、前半は1974~75年の香港、バンコク、カルカッタからインド、イラン、トルコへ、ギリシャからイタリア、ドイツ、スペインを回ってパリに到達するまでのユーラシア横断旅行、後半がこの初めてのラテンアメリカ一人旅の丹念な旅の記録とその後沖縄に住むまでを綴っている。

〔桜井 敏浩〕

(組原 洋 学文社 2018年7月 264頁 1,200円+税 ISBN978-4-7620-2818-2 )