近年のラテンアメリカ文学でアルゼンチンの作家といえば、ボルヘス、ビオイ=カサレス、コルタサルの名が浮かんでくるが、1973年にブエノスアイレスで生まれた著者は、アルゼンチンの作家として彼らの後継者というだけではなく、その作品の英訳が出版された2017年以降世界各国で翻訳書が出され現在ラテンアメリカ文学の新進作家で高く評価されている一人である。
表題作を含む12編の短編からなる本書は「ホラー小説」と見られているが、著者の幼少期の1976年のクーデタから83年の民政移管まで続いた軍政の下での左翼テロ鎮圧を理由とした市民の逮捕、拷問、密殺等の恐怖政治、失策によるハイパーインフレ等の社会不安、マルビナス(フォークランド諸島)奪還を諮っての対英戦争での惨敗の悪夢が、彼女の小説の中に時々顔を覗かせ、舞台として登場するブエノスアイレス市の極貧地域ビジャの物語りの恐怖になっている。しかし「ホラー」という単純な小説ジャンル分けでは済まない、それぞれの作品に描かれている問題は現代人が直面しているものであり、現代社会のありようを読む者に意識させる“怖さ”を垣間見せてくれる。
〔桜井 敏浩〕
(安藤哲行訳 河出書房新社 2018年8月 242頁 2,650円+税 ISBN978-4-309-20748-3 )