連載エッセイ1:中南米が日本を追い抜く日 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ1:中南米が日本を追い抜く日


連載エッセイ1

『中南米が日本を追い抜く日』

執筆者:工藤 章(ラテンアメリカ協会理事)

 タイトルの『中南米が日本を追い抜く日』は、朝日新聞出版から2008年6月13日に発行された新書の書名だ。出版に漕ぎ着けるまでに思いもよらぬ多くの難問に遭遇したが、今振り返ると懐かしい思い出となった。

この本の出版に到る経緯をたどると、そもそもは三菱商事の社内外での中南米への無関心と理解不足に依るものだ。長年鬱積していたこの不満を社内でボヤキ続けていたところ、中南米への関心を高める努力が足らないと役員から直言された。そこで、メディアからは発信されない現地の生情報をA4サイズで一枚にまとめ、「ノティシア・ラティナ」と名づけて2005年2月7日から毎週発行することにした。中南米にある12ヵ所のオフィスにいるスタッフ全員に協力を求め、中南米地域チームの熱意を社内関係者に伝え地域への関心を高める努力をした。発行直後はほとんど反応がなかったが、3ヶ月ほどすると関係者の間で評判となり、継続するようにとの応援をもらうようになり、突っ込みが足らないと記事に対する批判を受けるようにもなった。各国からの記事提供が3巡を超えるようになると、ネタ切れの悲鳴が各拠点からあがる様になったが、社内の関心を高めるための話題を集める努力を続けてもらった。

 3年ほどすると一冊の本にして世に出すことが出来るのではないかとの思うようになった。それは、入社してまもなく読んだ『時差は金なり-内側から見た総合商社』(三菱商事広報室著)を思い浮かべたからである。1977年にサイマル出版会から発刊されて、商社マンの苦労がリアルに綴られていることもあり40万部も売れた本である。そこで、中南米の各国の魅力を伝える章とビジネスチャンスのレポートの章に整理し、三菱商事からの報告として原稿を作成した。これを、まずは日本経済新聞の岩城聡・サンパウロ支局長に見て貰った所、個人的には非常に面白い内容だが、東京を説得するのは非常に難しいと思うも最善を尽くす、との回答があった。暫くすると、どうも感触が悪いとの返事があり、常日頃懇意にして頂いている同氏が動いても可能性が無いなら諦めることにし、駄目もとの気持ちで石田博士・朝日新聞特派員に相談した。日経新聞も取り上げないならまず難しいとの事だったが、朝日新聞出版のデスクに繋いでくれた。時を待たずに東京で面談してもよいとの回答があり、一緒に仕事をしてくれていた中南米統括付の櫻井淳くんと、「ひょっとするかも」と淡い期待を持った。

業務出張で東京に出向いた際に、不安な気持ちを抱えて築地にある朝日新聞社を訪問した。会議は直ちに核心に入り、朝日新聞社の単行本ではなく発刊間もない「朝日新書」で取り上げてもよい。但し、受け取った原稿は社内の報告書のようでこのままでは売れないので、「プロジェクト X」のスタイルに書き直すことが出来ないかとのアイデアが出た。理解できずにいると、たとえば「上司を空港に送って行った」ではだめで、「搭乗口から機内に消えていく上司の後姿に、思わず涙が零れ落ちた」というような表現にならないかと言うことだった。出張からサンパウロに帰ると、直ちに各拠点の執筆者と共に作業に入った。具体的なルポ風の表現に書き変えればよいのだが、社内報告とは違うタッチに変えるという未経験なことに皆で苦労した。

石田特派員の協力を得て最終原稿が完成するまでには、2007年末から年を跨いで4ヶ月ほど要したが、2008年6月の発行期限に間に合う目処が立ったところで、今度は社内で問題が生じた。出版が現実味を帯びたところで、先ず、この企画を止めてはどうかとの横槍が入った。コンプライアンスが厳しい社会で、何もリスクを負ってまで出版しなくては良いのではないかという意見である。中南米の実態を多くの方に知ってもらうためにどうしても出版したいと拝み倒したのに対し、その熱意は分かったから三菱商事の名前を消して、「某社」とするならよかろうとの反応があった。これについては、朝日新聞社から「某社」のレポートでは迫力が全く無く、この話はなかったことにするとの回答。朝日新聞社と三菱商事の間に入って何度か議論した結果、石田特派員が三菱商事の社員から聞いた話をまとめたとの体裁をとることで決着がついた。

こうして社内の承認を得て、最後は、読者の目を引くことに注力して、カバー、帯、などの文言を作成した。そして出来上がった本は次のようになった。

①表紙カバーのタイトルとサブタイトル

中南米が日本を追い抜く日

 三菱商事駐在員の目

      構成:石田博士

読者の目を引くように出来る限り表現を過激にしようとのことで、『中南米が日本を追い抜く日』に決定した。出版から4年後、本社幹部から中南米地域のGDPが本当に日本を追い抜いたのでほっとしているとの連絡が石田さんに入った。サブタイトルは、社内の了解を得た妥協案によるもの。

②帯(表)

水と緑と希望の大地

  高度経済成長、民主化のパワー、エネルギー・食料・資源のエル・ドラード!

この表現は、中南米が21世紀に入って期待される地域であること強調したもので、今でも通用すると思う。

③帯(裏)

あなたに意外と身近な中南米の素顔!

  ブラジル 温暖化対策で日本の商社がサトウキビ畑に結集!

  コロンビア 輸入カーネーションの8割はこの国から

  アルゼンチン アンデスの高級レモンはなぜ日本の食卓に乗らない?

  ベネズエラ 実は貿易相手国NO.1

  チリ ワインだけじゃない、コンビニのシャケ弁当の原料地は!?

本文で紹介されている内容を記述したものですが、今となってはベネズエラだけは修正の必要がある。

④そで

世界の真水の20%があるという大森林。

  安全でおいしい牛肉や鶏肉。

  埋蔵量「世界一」の石油とバイオエタノール 

  動乱期をくぐり抜け、高度成長の波に乗り、「2万%」のハイパーインフレを克服。

  「世界の台所」の座をうかがう。

  BRICsの「B」、VISTAの「A」。

  世界中の投資家が熱視線を注ぐ中南米が、日本経済を追い抜く日も近い・・・・!?

  商社マンたちが見た、いま最も熱い大陸の最前線!

中南米が日本経済を追い抜く日は実際にやって来たし、他の記述は今でも有効と言える。

⑤本の内容構成

第1章 世界の食料庫<ブラジル、チリ、アルゼンチン、パナマ>

第2章 資源・エネルギーの宝庫<チリ、ブラジル、アルゼンチン>

第3章 石油とナショナリズム<ベネズエラ、キューバ>

第4章 新自由主義の実験場<チリ>

第5章 先住民のうねり<ボリビア>

第6章 テロとの戦い<コロンビア、ペルー>

第7章 知られざる先端産業<ブラジル>

かくして世に出た本だが、増刷は一回で終わった。この類の本では上出来の売れ行きと言われたが、もう少し反響があったらよかったと思うのは身の程知らずか。今は、アマゾンで1円の中古品が出回っているが、読者の声には手厳しいものから感動を覚えるものもある。次が紹介されている。

*分かりやすく説明されているので、ほかの地域でもこのような本があればよい。

*追い抜く日が予想されていない、薬にも毒にもならない本。

*トレンディーな紹介本。

*現地に住む人々の生の声として貴重な本。

*問題提起のタイトルに期待したが物足りない。

*社内報の域を出ていない。

*構成の石田記者は中南米全体をカバーするハードな仕事の中、よくまとめた。

*通勤電車の中で、あるいは暑い日の週末にダラダラしながら読む分には悪くないと思います。

この本の前書きに下記を筆者が記したが、この思いは今でも変わらない。そして、どなたかが中南米に対する熱い思いを持って新たに執筆してくれることを祈りたい。

カリブ、アンデス、アマゾン、パンタナール、パンパ、パタゴニアなどの豊かな自然 をもった大地や島々に、快活で陽気で人懐こいラテン人が住む中南米を、是非多くの日本人に知って頂き、日本と中南米の関係が密接になることを期待しています。 

以上