『標的:麻薬王エル・チャポ』 アンドルー・ホーガン、ダグラス・センチュリー | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『標的:麻薬王エル・チャポ』 アンドルー・ホーガン、ダグラス・センチュリー

この十年で20万人と言われるメキシコの麻薬戦争の犠牲者は、7年半で36万人にのぼるシリア内戦に次いで多い。日常生活の中のどこにもカルテルメンバーが居て、地域によっては麻薬売買の権益や組織間抗争のみならず誘拐や暴行がすぐ近くで横行している。この麻薬カルテルを代表する勢力シナロアの首領であったホアキン・グスマン(通称 エル・チャボ)の捜査と捕獲作戦を担当した元米連邦麻薬取締局(DEA)特別捜査官とノンフィクション作家の共著による息詰まる追跡のドキュメンタリー。

1993年5月のグアダラハラ空港で敬愛されているメキシコのカトリック最高指導者であるオカンポ枢機卿が、エル・チャボと誤認されて対抗組織に暗殺されたのを契機に、チャボの名は麻薬密売と殺人の重要指名手配犯として一躍全国民に知れ渡った。チャボは変名旅券でグアテマラに逃れたが逮捕され、メキシコの厳重警備刑務所に収監されて1995年に禁固20年の有罪判決を受けたが、刑務所内ではボスの如く振る舞い優雅に暮らし、獄中からカルテルの多角経営化等運営に指示を出していた。

2001年には賄賂をつかまされた看守が運転する車で堂々と脱獄し、その後2014年2月にマサトランで再び捕らえられたが、15年7月に相変わらず特権を認められていたアルティプラノ刑務所の独房のシャワー室の床から1.5kmもの空調装置と軌道走行の車両を備えた“先進的な”トンネルを伝わって脱出した。国民行動党の女性副党首以下多くの政治家、役人、刑務所職員の収賄と幾層にも重なった汚職がこの劇的な脱獄を可能にしたのだが、チャボが彼の通信を傍受して所在を探していた米国連邦捜査官たちに2017年6月にティファナ国際空港とサンディエゴを結ぶ橋で逮捕されるに至るまでの捜査を克明に追っている。
                           
(棚橋志行訳 ハーバーコリンズ・ジャパン 2018年10月 388頁 2,200円+税 ISBN978-4-596-55136-8)
 〔『ラテンアメリカ時報』2018/19年冬号(No.1425)より〕