『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』オリヴィェ・ゲーズ  | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
Japanese English

『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』オリヴィェ・ゲーズ 

 ナチスの親衛隊大尉にして医師のメンゲレは、アウシュヴィッツ収容所に貨車で送り込まれたユダヤ人たちをガス室送りか強制労働そして人体実験対象に仕分け、双子の研究等で苛烈な実験を行い「死の天使」と恐れられていたが、連合軍が収容所に迫ってきたときに研究資料を携え逃亡、偽名を使ってドイツ国内に潜伏して1949年にアルゼンチンに逃れた。メンゲレのブエノスアイレス到着前の1946年に大統領に就いたペロンとエビータ夫妻の治政下、1953年に副大統領のエビータが死去し55年に軍の蜂起でペロンが辞職するまで、アルゼンチンはナチス亡命者の聖域だった。

メンゲレも1956年には実名で旅券の交付を受け、ドイツから前妻との実子と亡き弟の未亡人を呼び寄せて再婚しブエノスアイレスに新居を構え、木製家具・玩具製造事業も順調な生活を送っていた。しかし1956年に西ドイツのヘッセン州検事総長がナチスのユダヤ人撲滅計画実行責任者だったアイヒマンに逮捕状を出し、同じブエノスアイレスに潜伏していたアイヒマンをイスラエルの諜報機関モサドが1960年に拉致した際には、同時にメンゲレをも同じエル・アル機でイスラエルに連行する計画であったが、危険を察知したメンゲレは既にストロエスネル独裁政権下のパラグアイを経て、新たな名のブラジルの身分証明書でナチスの戦友共済組織の援助を受けて、サンパウロ市から300km離れたサンパウロ州の農園へ逃れていた。

常に父とその経営する企業の忠実な腹心や家族、欧州・南米のナチス逃亡者の支援秘密組織や信望者の助力を受け、西独、英米、イスラエルによる執拗な探索をかい潜り、アルゼンチン、パラグアイ、ボリビア、ブラジルと居住地を転々と移しながら、1979年にブラジルの海岸で事故で水死するまで逃げおおせた。偽名で葬られた遺体を掘り返して法医学検査によりメンゲレの遺骨と断定されたのは1984年、DNA検査により追認されたのは1992年になってからであった。

米・仏・独の大手メディアに寄稿していて独映画『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』の脚本を書いているジャーナリストが現地取材し、思考を停止してヒトラーの命令に盲従し史上希な戦争犯罪人となったメンゲレの長い逃亡生活を克明に描くことで、悪の卑小さを浮かび上がらせたノンフィクション小説。

(高橋啓訳 東京創元社 2018年10月 254頁 1,800円+税 ISBN978-4-488-01666-1)
 〔『ラテンアメリカ時報』2018/19年冬号(No.1425)より〕