連載エッセイ17:新しいラテンアメリカ人材を求めて - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ17:新しいラテンアメリカ人材を求めて


連載エッセイ16

新しいラテンアメリカ人材を求めて

桜井悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)

最近、長くブラジルやラテンアメリカに滞在している方々と意見交換していると、今後ますますビジネスが難しくなりつつあること、新しいタイプの駐在員が求められている等が話題になる。そこで、筆者の全くの独断で、新しい理想的なラテンアメリカ人材像を考えてみた。

ラテンアメリカは、難しい局面にあることは、誰もが認めるところである。政治面を見ても、北の大国のメキシコは、ロペス・オブラドール大統領、南の大国のブラジルは、ボルナソロ大統領と政策立案に、不確定要因が多く、その結果、何が起こるかわからないと言った感じである。アルゼンチンは、経済的に低迷しており、ベネズエラにいたっては、いつ崩壊してもおかしくない状況である。少数の国を除いては、今後10年は困難な時代に遭遇するものと思われる。

ラテンアメリカに駐在する現地法人の社長・幹部には、当然ながら言語を含むコミュニケーション能力、現地理解力、経営力、治安対応能力やリーダーシップが求められるが、それ以外の面で、どんな資質を持った人材が必要とされるかについて探っていきたい。

11の人材像を提示するが、必ずしも重要順ではないことを断っておきたい。

1)CSR(企業の社会的責任)センスのある人材

CSR(企業の社会的責任)については、日本でも話題になり、「日経ソーシャルイニシアテイブ大賞」、「企業フィランソロピー大賞」、「環境コミュニケーション大賞」等の表彰制度もある。しかし、国内企業を対象とし、概ね活動地域は国内であることが多い。ラテンアメリカの中で、ブラジルなどを見ると、主要な外国商工会議所が、CSR活動に熱心で、会員企業に対し、表彰制度を持っている。例えば、米国商工会議所は1982年に「ECO賞(企業―コミュニテイ)」を、ドイツ商工会議所は、2000年に「フォン・マルチウス環境賞」を、フランス商工会議所は2002年に「LIF賞(フランス革命の自由、平等、博愛)」を創設した。対象分野は、教育、環境、貧困、教育、犯罪防止、芸術等広範囲に渡っており、外国企業やブラジル企業内での、CSR活動に対する関心の高さが理解できる。ブラジル日本商工会議所内でもCSR活動を取り上げている。会員企業に対し、アンケート調査を行ったり、必要に応じて、寄付行為の呼びかけ等を行っている。進出企業の多いブラジルやメキシコの日本商工会議所は、表彰制度等を含め、組織としてCSR活動にどう取り組むかを真剣に考える時期に来ているように思われる。また、個別企業や駐在員個人としても自社を取り巻く環境・問題を考慮に入れた行動が求められる。進出先により、CSR活動の実施事業内容が異なるので、現地事情やニーズに沿って新しいプログラムを考案することが必要だ。企業の幹部は、貧困、教育問題に手を差し伸べるという姿勢を持ちたいものだ。日本企業のCSR活動は、寄付金で済ませることが多く、顔が見えないとよく言われる。進出企業の幹部は、CSR活動を実施した場合は、現地社会に対し、積極的に情報発信することが望まれる。要するに、顔が見えるような形でCSR活動を行うことが奨励される。

2) 全体を見渡せる人材―総合力・バランス力のある人材

昔、ウジミナスの苦労話を聞いたことがあるが、その時、印象に残っていることは、ブラジル人のエンジニアと日本人のエンジニアの違いであった。それによると、日本のエンジニアは専門分野に詳しく優秀であるが、ゼネラリストではない。一方ブラジル人のエンジニアは、専門分野については、それほど詳しくないが、ゼネラリストで、総合力を持っていたという。その相違が、時には争いの元になったとのことであった。筆者のメキシコ、チリ、イタリア、ブラジルでの駐在経験から見ても、理科系のエンジニア(インへニエロ)や文科系のリセンシアード(エコノミスト、弁護士)も、専門分野に加えて、広い教養の持ち主が多く、歴史、文学、芸術、音楽に詳しい人が多かった。

 ラテンアメリカの政治家、高級官僚、企業家および新聞記者の中には、米国や欧州の大学の修士号や博士号の取得者がますます増加している。最近では、修士号や博士号は取れなくても、専門以外に何か研究している人も増えつつある。一方、日本のサラリーマンは、学士レベルが多く、進出先の言語の習得者を優先派遣する企業が多くみられる。その結果、現地のエリートとなかなか太刀打ちできないことになる。日本人駐在員は、このような実情を把握しておく必要がある。

 さらに、今後、彼らと互角以上に対応するには、リベラル・アーツ力の強化、物事をバランスよく総合的に見る力をつけることが必要となる。ただ、これらの力は一朝一夕で得られるものではないので、徐々に力をつけていくよう努力すべきであろう。

3)提案力のある人材

レベルの高いラテンアメリカ人は、何か優れたアイデアを持つ人を評価し、尊敬する傾向にある。現地の投資企業として、進出国の開発・発展に役立つような発想を持ち、相手国の産業政策も踏まえ、連邦・州政府と折衝する能力・センス等々、多能な知能の持ち主が望まれる。一昔前、日本がブラジルに対して行った石川島造船所案件、ウジミナス製鉄所案件、セラード開発案件、カラジャス鉄鉱石案件、最近、注目されている南南協力案件のように、将来、ラテンアメリカの発展に役立つような案件を提案できるような人材の出現を期待したい。
 

4)自説をしっかり主張し、情報を発信できる人材

相手国政府の施策は適切である場合もあれば、適切でない場合もある。現地の企業であれば、不適切な場合は、声を大にして抗議し、変更を要求する。欧米系の外資企業でも同様である。しかし、進出日本企業は、彼らと比較するとおとなしいようである。マナウスのフリーゾーンで聞いた話だが、現地のブラジル企業は、大いに主張するが、日本企業は、黙っているか静かにしている場合が多いという。そのような場合、現地政府は、特に問題ないものと考え、現地企業に対し、日本企業や外資系企業は何も言ってこないということで、彼らのクレームを取り上げないことが結構あるという。ブラジルやラテンアメリカに長く駐在すると、現地の習慣に慣れすぎ、物事をすぐにあきらめがちになるが、簡単にあきらめないようにしたいものだ。現地企業とは積極的にコンタクトし、経営者としての共通の事項について、いつも意見交換する姿勢が望まれる。筆者の経験から、現地のロータリークラブやライオンズクラブに入会をお勧めする。クラブには、企業家、弁護士、会計士、医者等の会員がおり、友情を育むことができるし、筆者も仕事面で、彼らにずいぶん助けてもらったものだ。

また日本の重要性は、一昔前に比較して格段に大きくなっている。それに伴い、日本の政治、経済、産業、社会、企業経営等についての話を聞きたいと言う要望が現地政府、団体、企業や大学から出て来ることもあろう。そのような場合、積極的に引き受けるようにしたいものだ。またSNSによる発信にも関心を持った方がよい。

5)本社を説得できる人材

 
ブラジルのサンパウロ駐在時に、メインストリートであるパウリスタ通りに簡易交番が設置されるようになった。その結果、界隈での犯罪が減少したという。筆者は、誰がやっているのかが気になり、調査したところ、Associacao Paulista Viva(生き生きパウリスタ通り協会)というNPOが実施主体であることがわかった。会長と事務局長に早速、話を伺ったところ、簡易交番は協会が製作し、警官は当局から派遣してもらうという共同作業であることがわかった。簡易交番造作に関わる費用は、協会がパウリスタ通り界隈にあるブラジル企業や外資系企業から集めた協賛金から支払われていた。その際、会長から次のような質問を受けた。「日本のとある有力銀行に、寄付を求めているが、いつも本社と相談すると言って、その後何も言ってこない。日本企業は、CSR活動や治安の改善などに関心が無いのか?」 当該銀行に伝えると言って、何とかその場をしのいだが、内心は、大銀行であるにも拘らず、そんなことも決められないのかと寂しい思いをしたものだった。

おそらく、本社と支店、本社と子会社との間には、案件ごとに本社決裁にするか現地決裁にするかの細かい規定があるものと考えられるが、可能な限り現地決裁で済むように仕向けて行く必要がある。日本企業の場合、他の欧米の企業に比して、本社決裁の数が多すぎるように思える。小さなことをいちいち本社に相談するようでは、現地社会や現地社員から企業やその経営者は軽く見られること請け合いである。進出企業の幹部も、本社に相談すると言うよりも、本社を説得するという強い姿勢を望みたいものだ。現地サイドで決定できる範囲を少しずつ広げていくようにしたい。

ブラジルの現地社長だった人物が、帰国後、GM、フォルクスワーゲン、FIAT本社の社長になったという話はひとえに、激動する経営環境を苦労しながら、うまく乗り切ったからであろう。

6)周りを巻き込む情熱を持った人材

世の中が複雑になると、なかなか一人では解決できないことが増えてくる。ビジネスにおいてもしかり、政府当局との交渉でもしかりである。例えば、進出先でのビジネス環境の改善やビジネスコストの軽減等について、政府と交渉する場合でも、1社であれば、官僚的な政府に太刀打ちできないであろう。そこで、現地に存在する日本商工会議所の仲間と協力して、WGのような組織を立ち上げ、調査研究する。場合によっては、日本政府を巻き込むことも考えられる。さらに他国の商工会議所も巻き込み、交渉できれば、相当強く相手国政府と当たることができよう。今後、ますます、情熱を持ち、粘り強く、人を巻き込む力が要求されるようになろう。人を巻き込むには、フレキシビリティが要求されることは言うまでもない。

7)ラテンアメリカが嫌いでない人材

ラテンアメリカ駐在に向いていない人物の3つの特徴をあげるとすれば、無口な人、悲観主義者、ラテンアメリカ嫌いであろう。無口であれば、アミーゴを作るのが難しい。

ラテンアメリカ人は総じて楽観主義者が多いので、悲観主義者であれば、失望することが多く、楽しい駐在生活を送るのは難しいと言えよう。駐在生活を好循環に持っていくには楽観主義の方が有利である。何でも嫌いになれば、すべてが批判の対象となり、長所を見つけることができなくなる。とは言え、「ブラキチ」(ブラジルキチガイの略)やアル中(アルゼンチン中毒者)のように何でも大好きになる人材は、必ずしも適当な人材とは言えない。なぜなら周りの人々が、その人に対してバイアスをかけた見方をすること、また、慣れすぎると、ラテンアメリカはそういうものと何でも諦めがちになるからである。ラテンアメリカ人材は、シンパティコでかつ、ラテンアメリカを嫌いでない人が望ましい。なぜならラテンアメリカ嫌いでない人であれば、ラテンの長所、短所を見極め、バランスよく、客観的に物事を判断できるからである。さらに知的好奇心の旺盛な人物ならパーフェクトである。

8)中国人材をラテンアメリカ人材として活用する

筆者は、常々、中国に駐在し、したたかな中国人ビジネスマンと丁々発止ビジネスを展開した経験のある日本人ビジネスマンをブラジルやラテンアメリカに派遣すべきと提案している。中国とラテンアメリカ、とりわけブラジルは、当然ながら歴史や慣習も異なるが、ことビジネスともなると、よく似た点が多々ある。例えば、①経済的というよりむしろ政治的に物事を考える、②戦略的発想をする、③万事大きいことが大好き、④小さいことは後回しにして大きいことで合意する、⑤法治的より人知的である、⑥変化に強く即興力がある、⑦個人個人が強い、⑧誇り高く、メンツを非常に重んじる、⑨自分たちを世界の中心だと考えている等々である。したがって、中国経験者がブラジル駐在ともなれば、即戦力として活躍できるし、ほとんど違和感なく、スムースに現地社会やビジネス環境に溶け込めるものと思われる。さらに、中国のラテンアメリカへのここ数年の進出は恐るべきものがあるが、ラテンアメリカ人は中国人とのビジネスの方法に慣れておらず、どうしていいのかわからず戸惑っている。したがって、彼らは、ラテンアメリカの政財界人に、中国ビジネスに対し適切なアドバイスを与えることも可能である。

9)駐在は単身ではなく、家族同伴で

ラテンアメリカ諸国の駐在、とりわけ治安の悪い国となると、家族同伴ではなく、単
身赴任が結構多いようである。その理由は、治安情勢に加えて、子供の教育事情、両親の介護、同伴者の外国嫌い等が考えられるが、欧米人の常識感覚からすると、家族が離れ離れで生活するのはとても信じられないことである。ブラジルやメキシコで長期滞在型のホテルやアパートに単身赴任をし、土日ともなるとゴルフに精を出している日本人駐在員をみると、少し悲しくなる。奥様方のネットワーク、子供たちのネットワーク等駐在中の内助の功も大きいので、可能な限り、家族同伴で赴任したいものである。派遣元の企業、団体、地方庁、中央官庁も夫婦同伴での赴任を積極的に推奨すべきであろう。

10)SNS、AI、IoTやICTにも強い人材、少なくとも弱くない人材
  
 欧米の調査をみると、最もビジネスで有効な手段を関係者にアンケートをすると、ドイツは、1位が会社のウエブサイト、2位が見本市への参加となっている。(2016年、ドイツ見本市連盟の調査)、同じく米国では、将来最も伸びる分野として、1位がSocial Media Outlet、第3位が、企業のウエブサイトとなっている。(米国の最大のIAEE、国際展示会イベント協会の2015年の調査) 業種によって有効な手段は異なるが、SNSの重要性はますます大きくなっている。SNSは他人にアピールする場合でも、情報を入手する場合にでも必要である。 
日本および世界中でAI(人工知能)についての活用や普及は著しいものがある。イノベーションの推進に関連し、デジタル化やデータ流通も加速化される。AIやICTの普及はまことに目の回るスピードで動いている。追いかけるだけで大変だが、製造業の世界展開がどのように進んでいくのか、その中にあってラテンアメリカの位置づけ等について、真剣に考えられる人材が求められる。ラテンアメリカの中には、ブラジルのように、選挙制度でデジタル化が大いに進んでいる国もある。ラテンアメリカ諸国の大統領の権限が総じて強大なので、急速に電子政府の方向に向かうものと思われる。今後、進出企業のトップや駐在員は、SNS、AI、IoT、ICTにも強くなることが必須となるものと見られる。

11)そして、追加の提案 日系人を理解し、一緒に働ける人材

ブラジルやペルー等南米には、日系人が多い。ブラジルには、190万人の日系人がいる。日本から派遣される進出企業の役員は、往々にして、姿形が日本人と同じで日本語を知っていれば、日本人と思いがちであるが、紛れもないブラジル人と考えるべきである。もちろん、人によっては、日本人のような日系ブラジル人もいるし、ブラジル人のような日本人もいることは当然である。日本企業にとって、日系人はポルトガル語も日本語もわかる貴重な存在である。日本政府も未来の日系社会を担う人材育成のため、様々な日系社会の人材教育プログラムを展開している。しかし、彼らはブラジル人であり、ブラジル、現地社会、国民性、制度上の問題や宗教等についての不満や悪口を日本人から言われれば、当然ながら不愉快に思うだろう。日本人役員に同行して、政府関係者との通訳をする場合でも、現地政府への不満、抗議等政府の気分を害するようなことは、正しく通訳しないこともあり得る。このようなことが度重なると、日本人役員は対外折衝をせず、すべて日系人に任せる場合もあるだろう。赴任前の研修では、日系人の考え方や行動様式についても、事前に学ぶ必要があるし、赴任後は、日系人に対し、同様に日本人の考え方や行動様式を懇切丁寧に伝えることが望まれる。日本の遺産である日系人に対して敬意を払い、大切に接するという態度が必要である。

「赴任前の人材育成プログラムの充実を」

上記のような人材を見つけるのは至難の業であるし、上記の11の条件を備えている人材は皆無と言われそうである。当然ながら、これらの人材を送り出すには、事前に周到な準備が必要となって来る。数か月前に決定し、すぐに派遣するようでは、なかなかうまくいかない。今回は、ラテンアメリカを想定して執筆したが、内容的に見ると、全世界のどこででも通用する人材であることがわかる。ラテンアメリカ人材のみならず、中国人材、アジア人材、欧米人材、アフリカ人材等にも活用できよう。企業の海外人材の育成につき、世界のビジネス環境の変化を鑑み、どのような人材が現場で必要とされるのか、それら人材を育てるにはどうすればいいのかを考える必要があろう。

まず最初に、中央官庁、経団連、日本商工会議所、在外企業協会、ラテンアメリカ協会等地域別の有力団体等の関係機関の英知を集め、派遣地域別に、どのような人材が必要とされ、その人材像に従って、研修方法、内容についての広範囲のプログラムを作成することを提案したい。その中には、原点に立ち返り、事業の目的・意義を考え、具体的な目標の立て方、経営方法、法務、労務、税制、人間関係、CSRセンス、コンプライアンス、治安対策、コミュニケーションの取り方等々企業経営にとって必須の事項のみならず、相手国の言語、歴史、社会、文化、国民性といったリベラル・アーツ的な事項も含まれるべきであろう。さらに駐在国の人々に日本を紹介する機会が多いので、日本の歴史、社会、政治、経済、教育等についての基本的知識も吸収していきたいものだ。

第2の提案は、赴任前の研修のみならず、海外要員を予め選抜し、彼らに対する不断の研修を受けさせるようにすることである。それによって、上記11の分野をカバーする人材の育成が可能となろう。

第3の提案は、企業内の研修も有意義ではあるが、人材研修を専門とする外部の団体や企業に委託し、従業員に研修を受けさせるようなメカニズムを構築するのはいかがであろうか? 企業内の研修は、自社に関わる知識・経験を中心とし、その他の分野は外部の組織に任せるのである。この方法を取るといくつかのメリットが考えられる。まず、経費が安くつくこと、第2に、他組織の人材と友好関係の構築が可能となる、第3に、日本在住の外国人ビジネスマン、日本政府・政府機関関係者、経済団体、大学等多方面の参加者と広く意見交換ができ、お互いに刺激を受けることが可能となる等々である。

前述したように、これは筆者の個人的な試論である。多くの方々のお考え、ご意見をいただければ幸いである。