ブラジルを代表するシンガーソングライターと言われるミルトン・ナシメントについて、同じ街で育ったジャーナリストの著者があらゆる新聞、雑誌等の資料とすべてのアルバムを聴き、延べ66人とインタビューして纏めた伝記。1942年に生まれ、ビトゥーカと呼ばれた幼少期から、兵役でタイプライターを学びしばらくそれで生計を立て、音楽に目覚め街角クラブに参加し、次第に一流ミュージシャンたちとの演奏やレコーディングの機会を得てプロの音楽家になる。しかし、闘病生活や白人夫婦の養子として育ったがアフリカ系の出自などからのメディアの誹謗中傷に苦しみ、愛する家族との別離、人生の苦悩もあった。しかし類い希な美声により多くの人たちを魅了して活躍の場を拡げ、人気を博するようになっていったが、その最盛期の期間は政情不安に揺れ1964年に軍事クーデタが勃発して実に1985年の民政移管まで続いた軍事政権下の重苦しい時期でもあった。
本書は2006年までを扱っているが、彼の半生とともにその背後にあるブラジル社会の貧困、差別や社会情勢についても書き込んでいて、単にあるミュージシャンを讃えてその姿を追った評伝に留まっていない。
〔桜井 敏浩〕
(マリア・ドロレス 荒井めぐみ訳 DU BOOKS刊 ディスクユニオン発売 2019年5月 415頁 3,200円 ISBN978-4-86647-094-8 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2019年夏号(No.1427)より〕