メキシコは1980年代に保護主義から新自由主義に転換し、対外経済開放、NAFTA加入を通じて経済のグローバル化に踏み切った。それから約四半世紀が経過したが、政治制度改革による政治の安定と経済成長の持続、所得格差の縮小は依然として実現していない。民主化とグローバル化が進んだものの、民主主義の質は向上せず、社会運動は長く続いた一党支配による権威主義から脱却出来ず、麻薬組織犯罪と国家や自警組織との抗争が続き、所得格差の低層を占めるインフォーマル就業者の存在は政治にも大きく影響している。他方、メキシコの資源である石油産業は、権威主義体制の遺制そのものであったが、資源ナショナリズムの抵抗を抑え2013年のエネルギー改革により外資の参入が可能となったのは、石油産業の衰退と議会の政党勢力図の変化に因るものであった。一方2010年代に中央高原のグアナファト州等で自動車産業が急成長し輸出の花形となったが、それが雇用の拡大、インフォーマル就業者のフォーマル化、所得格差の切り札になるには限界があった。
これらを踏まえて、終章では麻薬紛争の拡大、選挙による政党間競争の激化、所得格差が政治を不安定化させている状況が続くが、その改善には大きな困難があること、そして一党支配型権威主義体制の遺制を克服しなければならないことなど、21世紀のメキシコが依然大きな課題を負っていることを指摘している。
本書の執筆は、トランプ米政権が言い出したNAFTA再交渉の妥結やメキシコ・米国関係の緊張化の前であったが、本書によって既にあったそれらの背景を理解する上で読者に多くの手懸かりを与えてくれるだろう。
〔桜井 敏浩〕
(アジア経済研究所 2019年2月 4,000円+税 ISBN978-4-2580-4637-9)
〔『ラテンアメリカ時報』 2019年夏号(No.1427)より〕