『バチカンと国際政治 -宗教と国際機構の交錯』 松本 佐保 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『バチカンと国際政治 -宗教と国際機構の交錯』 松本 佐保


世界のカトリック教会を束ねるバチカンは、国民国家とは異なる特異なアクターであるが、国際連合はじめ国際機関・組織とも歴史的に関わってきているトランスナショナルでグローバルな存在であり、それを知ることは現在でも国際政治を見る上で不可欠である。
領土をもたないローマ教皇も教会も聖座も国家ではないにもかかわらず、国際法学上の地位として主体的担い手・アクターであるが、本書ではまずバチカンと国際機関との関わりを第一次世界大戦前から第二次大戦後に至る期間を分析し、国際連盟やハーグ常設仲裁裁判所設立への関与や国際赤十字との協力、第二次大戦期の国際連合設立に果たした役割、バチカンによる終戦工作、現存する最古の国際機関である国際労働機関(ILO)加盟、バチカンの諸キリスト教団体、特に世界プロテスタント協議会との関係や東西冷戦下でのリアリズム外交、冷戦終結後のポーランド人教皇ヨハネ・パウロ二世と欧州の安全保障協力や9.11テロの際の宗教戦争回避への呼びかけなど、現代史におけるバチカンが国際政治において果たしてきた役割を詳細に分析している。
そして「第7章 教皇フランシスコの闘い」は、初の南米出身のアルゼンチン人である現教皇について50頁を割いている。2005~13年の間在位した保守派で「解放の神学」に強硬な態度を取ってラテンアメリカ等で信者を減らす一因を作り、金融スキャンダルや聖職者の子供への性的虐待問題が表面化して刷新を求められていた教会を率いて対応に苦労していたベネディクト16世の後を受けて、第266代教皇を改革派、それも清貧を旨とし貧しい人に寄り添うことを実践してきたフランシスコを選出し、長い歴史の中で生じた内部の腐敗を一掃し刷新することを託したのである。就任後はバチカンの対ラテンアメリカ政策が重要視され、「解放の神学」の承認に転じ米国とキューバの国交回復を促した。世界的視野から宗教間対話の促進や、2015年の回勅「ラウダード・トシ」での地球環境を国際公共財として位置づけ、地球温暖化問題へ国際連合のみならず非国家主体との協力を促進させたが、そのリベラルな姿勢によって保守派との対立をもたらしている。
1976~83年の間のアルゼンチン軍政下での「汚い戦争」中のカトリック教会の態度、イエズス会の管区長を務めていた彼の関与の疑いや、2015年の国連総会でのスピーチで国連の人道的活動がバチカンの価値観と一致すると強調する一方で、アルゼンチンが金融危機に見舞われた時の国際通貨基金(IMF)融資の結果から、IMFの融資条件には批判的な口調であったことなどにも言及しており、バチカンについての知識が現代国際政治における課題、規範を理解する上で一助になると結んでいる。

〔桜井 敏浩〕

(千倉書房 2019年3月 336頁 4,500円+税 ISBN978-4-8051-1144-4 )

〔『ラテンアメリカ時報』 2019年秋号(No.1428)より〕