執筆者:細川多美子(サンパウロ人文科学研究所)
このレジメは、サンパウロ人文科学研究所の細川多美子氏が、11月23日に早稲田大学で行った講演の際に配布したものである。細川氏の同意を得て、ラテンアメリカ協会の「投稿コーナー」に転載させていただいた。
■1■ 調査の目的
ブラジルにおける「日系団体」の全国調査はかつて行われたことがなく、「日系社会」についてのあいまいなイメージが伝説的に語られことが多かった。そのイメージの中で、「いずれ(または近く)消滅する」とも言われてきたが、一方でここ数年の日系イベントは人気上昇の一途であり、ブラジル社会における日系人の評価もかつてないほど好ましい。各地域でその核となっている日系団体を軸に調査することで、日系社会とは何なのか、ブラジル社会にどんな影響を与えてきたのかの実態を検分する。またさまざまな角度から分析できるデータバンクを構築、統計をもって実像を示すことで、変容の度合いや変容によって現実に合わなくなっている日系社会に関する既存の認識を改めて検証する。
■2■ 調査の方法
※ここでいう「日系団体」とは、以下の条件に該当する団体を指します。
①日系人同士の親睦および日本(日系)文化や日本的精神の維持や普及、スポーツや娯楽を主な目的とするもの。
②非営利団体で役員がボランティアで運営されているもの。
③活動拠点としての“会館”を持ち、居住地域のコミュニティとして活動するもの。
④主に「文化協会」「文化体育協会」と名に冠するもの。
⑤当局への登録が正式でなく、存在が非公式である場合や、会館を持たなくても実質が伴っている場合は対象とした。
⑥出身地や趣味、スポーツ、思想をその柱とする県人会や同好会、宗教団体は、今回の調査からは除外した。
■3■ 調査結果に求めたもの
①日系社会に関するデータバンクを構築する。
②日系団体をリスト化、マップ化で可視化する。
③現実に即した日系社会像の認識を促す。
④文化施設としての社会的役割、功績、影響、教育への貢献度などを再確認する。
⑤三世、四世等、子孫へ受け継がれる日本人性(日系性)の確認。
⑥このデータをもとに、今後の日系社会がどのような方向性をとるべきなのか、どうあるべきなのかを、日系人自身が考えるきっかけとなるものとする。
⑦被調査地域の「日系人」の範囲とその推定数、進行中の混血の実態や、変化する「日系」の概念を探ることで、今日のブラジル社会における「日系」の定義やアイデンティティを再検討する。
■4■ 調査結果から見えてきた今の日系社会の主なポイント
■5■ どう結論づけるかの考察
①日系社会は消滅するのか。
日系社会は、世界の変化と同じように大きな変貌を遂げ、かつての一世たちが当時思い描いた日系社会とは違う形になった。想像外の変貌を遂げたという意味では、すでに元の日系社会は「消えている」と解釈することもできる。現状400以上の団体がブラジルに存在していることを考えたときには違う答えも存在するはず。
伝統(主によき習慣)を維持しつつ、変貌を遂げながら、ブラジル社会に融合している。
②日系の若い世代は日系をどう考えているのか。
ブラジル社会における日系人の信用の高さを十分に認識しており、その恩恵も知っており、それを“Valor”と呼び、大切にする傾向にある。
③日系社会の最大の強み。
社会的地位や貧富の差とは関係なく、団体の運営者や会員、参加者、協力者は、多くの時間をさいてボランティアとして活動している。会費や寄付など身銭を切っての仕事である。これにより団体や日本語学校が運営され、また数万人規模の巨大なイベントを成し遂げている。その効率性や協力体制、規律の良さなど、その誠実さが周囲の社会から高く評価されている。
④日系の時代変遷。
90年代のデカセギを含む日系社会の崩壊を心配した時代から、現在はブラジル社会における日系の“価値”が評価されるニッケイブランド時代に入ったと考えることができる。
以 上