連載エッセイ33:『多文化社会ブラジルにおける日系コミュニティの実態調査』 ─日系団体の活動状況フィールド調査からその意義と役割を探る - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ33:『多文化社会ブラジルにおける日系コミュニティの実態調査』 ─日系団体の活動状況フィールド調査からその意義と役割を探る


連載エッセイ32

『多文化社会ブラジルにおける日系コミュニティの実態調査』─日系団体の活動状況フィールド調査からその意義と役割を探る

【調査結果報告】レジメ

執筆者:細川多美子(サンパウロ人文科学研究所)

このレジメは、サンパウロ人文科学研究所の細川多美子氏が、11月23日に早稲田大学で行った講演の際に配布したものである。細川氏の同意を得て、ラテンアメリカ協会の「投稿コーナー」に転載させていただいた。

■1■ 調査の目的
ブラジルにおける「日系団体」の全国調査はかつて行われたことがなく、「日系社会」についてのあいまいなイメージが伝説的に語られことが多かった。そのイメージの中で、「いずれ(または近く)消滅する」とも言われてきたが、一方でここ数年の日系イベントは人気上昇の一途であり、ブラジル社会における日系人の評価もかつてないほど好ましい。各地域でその核となっている日系団体を軸に調査することで、日系社会とは何なのか、ブラジル社会にどんな影響を与えてきたのかの実態を検分する。またさまざまな角度から分析できるデータバンクを構築、統計をもって実像を示すことで、変容の度合いや変容によって現実に合わなくなっている日系社会に関する既存の認識を改めて検証する。

■2■ 調査の方法

  • ブラジル全国に存在するすべての日系団体が対象。
  • 1チーム2人構成でフィールド調査。現地で直接聞き取りをする。
  • 調査項目は、団体の規模や構成、活動、歴史、日系人の特徴、地域の特徴など全140問。
  • 質問は選択式ではなく、数値も重要視したが、なるべく質的調査を心がけた。
  • 団体調査のかたわら、その団体が所在する町において、日系人および非日系人約5人に街頭調査。団体に所属しない日系人の意識や、地元の非日系人がどのように日系社会を見ているのか、簡単なアンケートを行った。
  • 調査期間: 2016年4月~2018年3月
  • システム入力、分析期間: 2018年4月~現在

※ここでいう「日系団体」とは、以下の条件に該当する団体を指します。
①日系人同士の親睦および日本(日系)文化や日本的精神の維持や普及、スポーツや娯楽を主な目的とするもの。
②非営利団体で役員がボランティアで運営されているもの。
③活動拠点としての“会館”を持ち、居住地域のコミュニティとして活動するもの。
④主に「文化協会」「文化体育協会」と名に冠するもの。
⑤当局への登録が正式でなく、存在が非公式である場合や、会館を持たなくても実質が伴っている場合は対象とした。
⑥出身地や趣味、スポーツ、思想をその柱とする県人会や同好会、宗教団体は、今回の調査からは除外した。

■3■ 調査結果に求めたもの

①日系社会に関するデータバンクを構築する。
②日系団体をリスト化、マップ化で可視化する。
③現実に即した日系社会像の認識を促す。
④文化施設としての社会的役割、功績、影響、教育への貢献度などを再確認する。
⑤三世、四世等、子孫へ受け継がれる日本人性(日系性)の確認。
⑥このデータをもとに、今後の日系社会がどのような方向性をとるべきなのか、どうあるべきなのかを、日系人自身が考えるきっかけとなるものとする。
⑦被調査地域の「日系人」の範囲とその推定数、進行中の混血の実態や、変化する「日系」の概念を探ることで、今日のブラジル社会における「日系」の定義やアイデンティティを再検討する。

■4■ 調査結果から見えてきた今の日系社会の主なポイント

  • 団体の種類と数=約440団体
  • 地域によって形成の歴史が違い、統一された基盤や規格のない自発的な組織なため、認識がさまざま。複雑な多様性をもつ。カイカン、ニッポ、コロニア、コムニダーデ・ニッケイ、コムニダーデ・ニッポ・ブラジレイラ等、それぞれ個人のイメージするものが違う。日系像もさまざま。
  • 再移住、学業、転勤、投資、婚姻などによるダイナミックな日系人の「移動」が大きく影響する。ブラジル全国の日系社会を統合する具体的な機関は存在しないが、親類縁者などによる見えな いネットワークがブラジル中に存在している。
  • 移住地“コロニア”がなかった地域にも団体は存在する。
  • 400を超える団体が自助努力で運営。日系以外の他国の移民社会には見られない。
  • 会館は日系社会の大きな財産。町唯一の文化施設である場合もあり、地元で親しまれている。
  • 「会館」という「団体」が地域における日系人のイメージ作りの担い手となった。
  • 一般の認識や、日系人自身が思っているよりも地域での貢献度や影響は大きい。
  • 日系イベントがブラジル全国で大ブーム。町最大のイベントであることもしばしば。
  • これらイベントは大事な資金調達の手段だが、ボランティア精神や協力体制、計画性などの日系精神を育む場になっている。大半が非日系の来場者も行儀がよくなる。
  • 各地域で団体は多様に発展しながらも、誠実さや他者への配慮など、よき習慣としての日系性は北から南まで同じ。
  • 日系人のブラジル社会との文化的同化と物理的混血が進み、さらに非日系ブラジル人が日系社会に同化する例も多く、日系文化の担い手が多様化。二世、三世、四世などの世代区分や日系人の定義に意味をなさない場合が増えた。
  • 団体として衰退しているところも多くあるが、ブラジル経済や町のインフラにも左右され、必ずしも運営者の努力とは関係ない場合も多い。
  • 日系意識を残す努力はあるが、日本語は使われない。
  • 日系人にとって、ブラジル社会における長所は「当たり前」の気質であり、それを「日系人の価値」と表現するが、その内容については、なかなか表現するのが難しい。
  • ブラジルにおける「日系人の価値」とは、まじめさ、正直さ、他人へのリスペクトなど。
  • ブラジル社会からの評価としての鳥居やモニュメントは数知れない(少なくとも148ヵ所に存在していることが確認された)。
  • 日本人、日系人が開いた町は、その発展自身が日系人のおかげであることを、日系以外の住人が認識していることが多い。
  • 老若男女にかかわらず、日系人であることへの誇りはきわめて高い。

■5■ どう結論づけるかの考察

①日系社会は消滅するのか。
日系社会は、世界の変化と同じように大きな変貌を遂げ、かつての一世たちが当時思い描いた日系社会とは違う形になった。想像外の変貌を遂げたという意味では、すでに元の日系社会は「消えている」と解釈することもできる。現状400以上の団体がブラジルに存在していることを考えたときには違う答えも存在するはず。
伝統(主によき習慣)を維持しつつ、変貌を遂げながら、ブラジル社会に融合している。

②日系の若い世代は日系をどう考えているのか。
ブラジル社会における日系人の信用の高さを十分に認識しており、その恩恵も知っており、それを“Valor”と呼び、大切にする傾向にある。

③日系社会の最大の強み。
社会的地位や貧富の差とは関係なく、団体の運営者や会員、参加者、協力者は、多くの時間をさいてボランティアとして活動している。会費や寄付など身銭を切っての仕事である。これにより団体や日本語学校が運営され、また数万人規模の巨大なイベントを成し遂げている。その効率性や協力体制、規律の良さなど、その誠実さが周囲の社会から高く評価されている。

④日系の時代変遷。
90年代のデカセギを含む日系社会の崩壊を心配した時代から、現在はブラジル社会における日系の“価値”が評価されるニッケイブランド時代に入ったと考えることができる。

以    上