連載エッセイ36:なぜ、コスタリカが「中米の楽園」「中米の奇跡」などと称されるのか - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ36:なぜ、コスタリカが「中米の楽園」「中米の奇跡」などと称されるのか


連載エッセイ36

なぜ、コスタリカが「中米の楽園」、「中米の奇跡」などと称されるのか

執筆者:松田郁夫(元ジェトロサンホセ事務所長)

「コスタリカを知る5つのキーワード」

コスタリカは、面積5万1,100平方キロメートル(九州と四国を合わせたぐらい)、人口約494万人(2017年、世界銀行)の小さな国である。一人当たりGDPは11,577ドル(2017年、中銀)で、主な産業は他の中米諸国と同様、コーヒー、バナナを中心とした農業であるが、豊かな自然を背景に観光産業が発達している。また、90年代後半に米国のインテル社やアボット社の進出が始まり、今や集積回路や医療品などのハイテク産業の集積地として発展している。首都サンホセは北緯10度、高度海抜約1,200メートル、年間平均気温は22~23度で、いわば常春である。火山が多く、国土の約25%を国立公園や森林保護区が占めている。コスタリカを知るためのキーワードとして、次の5つを挙げてみたい。それは、「平和」、「福祉」、「教育」、「環境」そして「3C」である。

「平和」

まず、「平和」である。コスタリカは20世紀後半から今日まで一度も軍事クーデターを経験せず、定期的に民主的に政権交代をしてきた、ラテンアメリカでも数少ない国の一つである。1948年に選挙の不正をめぐって発展した内戦を経験したあと、軍隊を廃止した現行憲法(1949年公布)を制定し、軍部による政権奪取を不可能としたうえで、2大政治勢力による政権交代を重ねて、民主的で平和な国造りに全力を挙げてきた。さらに、1983年11月に、米国レーガン政権の支援を受けたニカラグアの独裁政権とゲリラ組織との内戦の激化、深刻化が進む中で、時の大統領による声明を以って「積極的・永世・非武装中立」を宣言した。そして、コスタリカの平和外交主義を象徴する出来事は、1987年アリアス大統領のノーベル平和賞受賞で、1987年8月グアテマラにおいて中米和平合意を達成したことによる(ただ、コスタリカは、米国を中心とした反共軍事同盟である1947年のリオ条約に加盟しており、事実上、隣国パナマの運河地帯に駐留する大規模な米国の軍事力の傘の下にあったことも国軍を廃止するという大胆な政治決定の背景にあった)。

「平和」を指向するコスタリカのシンボル的施設 として国連平和大学がある。1980年12月に国連によって創設され、首都サンホセから1時間ほどの静かな山の中にあるとても小さな大学院である。世界各国から学生が集まり、平和に関する立案、教育を行っている。

サンホセ郊外の国連平和大学

「福祉」

次は「福祉」。コスタリカはあまり知られていないが、福祉国家として様々な政策を推し進めている。ラテンアメリカ諸国が武力を行使して権力闘争を繰り広げ、政治経済の混乱の中で国民の生活を犠牲にした1960年代から80年代を通じて、この国は国民が安心して暮らせる社会づくりを進めてきた。その結果、コスタリカでは上下水道の普及、幼児死亡率の低下、児童就学率の上昇と教育の普及、社会保障制度の確立など、一国の社会状況を 反映する様々な指標が限りなく先進国のそれに近づいている。たとえば、国連が毎年まと める2018年度版「人間開発報告」によると、「人間開発指数」(寿命、知識、生活水準という人間の生活を豊かにする3つの基本的要素について各国の達成度を測定し、数値化したもの。具体的には、出生時の平均余命指数、成人識字率と初・中・高等教育レベルの合計就学率から割り出した教育指数、一人当たり実質国内総生産を指数化したものを、総合したもの)は、世界189カ国中63位で、超高度グループに次ぐ高度開発国グループに位置している。中南米諸国の中では47位のアルゼンチン、54位のバハマ、55位のウルグアイ、58位のバルバドスに次ぐものである。ちなみに1位はノルウェーで、日本は19位であった。また、コスタリカはラテンアメリカではウルグアイ、チリとともに最も貧富の格差の小さい国の一つともなっている。

ちなみに、同じく国連の関連団体が発表している「世界幸福度ランキング」(幸福度とは「どれぐらい幸福と感じているか」を評価する調査に加えて、GDP、平均余命、寛大さ、社会的支援、自由度、腐敗度といった要素を元に幸福度を計るもの)2019年版によると、コスタリカは12位となっている。1位はフィンランドで、トップ10のうち半数を北欧諸国が占めている。日本は58位にとどまっている。

一方、コスタリカ社会の特徴の一つは医療保健の普及である。生活水準全般の指標でもある平均寿命は2017年に80.03歳で、日本の84.10歳と比べてもかなり高いといえる。新生児千人当たりの死亡率も5.7人で、世界の平均18.6人と比べるとかなり低い。ちなみに日本は0.9人である。国民総生産に占める医療費の割合は日本並みである。その背景には、国民の87%が加入し、人口の92%が受益者となっている国民健康保険制度によって国民は医療費の負担がゼロで病院に通うことができる。しかし、近年ニカラグアからの不法移民の増加や未婚女性の子供の増加などにより、貧困層の拡大や社会保障制度の破綻が問題となっている。

「教育」

3つ目は「教育」である。結論から言うとコスタリカは教育立国である。教育こそが発展の源泉であり、民主政治の根幹であるという思想が徹底している。すでに1869年の憲法で初等教育の無償義務化を規定して以来、19世紀末までに師範学校をはじめとする各種の専門学校が設立され、女子教育も始まった。国民の識字率は2013年の世銀発表で96.3%に達している。政府は1960年代から国家予算の20~30%を教育に投入している。さらに、ハイテク産業の発展に合わせて、「コスタリカを中米のシリコンバレーに」をスローガンに技術立国を目指して、高等教育に重点を置き、専門教育の質の向上に努めている。コスタリカ大学、コスタリカ工科大学など4つの国立大学と、36の私立大学が存在し、2018年の大学進学率は55.21%である。世界平均が38.04%、日本は63.58%となっており、かなり高いと言える。しかし初等教育と高等教育に力を入れる一方で、中等教育における就学率の低さが問題となっている。大学生も勤労学生が多く、25歳以上の成人在籍者数が3分の一を占めており、したがって夜間の授業が多く配置されているのが先進諸国と様相が異なっているところである。

「環境」

4つ目は「環境」である。コスタリカは環境立国を国是として掲げ、国内の自然環境の保護を積極的に推進しているだけでなく、国際的にも重要な役割を担っている。たとえば、ODA機関である地球評議会の事務局を首都サンホセ近郊の国連大学のキャンパスに誘致し、地球温暖化問題の解決に向けた取り組みに積極的に発言している。またフィゲーレス大統領が国際会議で提案した「債務・環境スワップ」という、プログラムは既に17~8年前から活用されている。後述するサンホセ近郊にあるインビオ(INBIO)として知られる生物多様性研究所はスウェーデンとの環境スワップによる資金で設立されたものである。

北部グアナカステ県にあるTilaranの風車群
(Edward Castillo氏撮影、国本伊代編著
「コスタリカを知るための60章」より転載)

森林の保全はコスタリカの最大の関心事項の一つである。熱帯雲霧林や熱帯雨林という異なる森林環境に恵まれたコスタリカは、国土の25%を国立公園や森林保護区と定めている。自然と共存しながら自然のなかで生計を立てる人々の生活向上を目指す「エコツーリズム」の発祥国であり、それを実践している最先端国である。そしてその一環として、森林に生息する実に多様な生態系の保存にも最大の関心を払っている。コスタリカには、わずか5万1,100平方キロの国土に約8万7,000種の動植物が生息しており、これは地球上の全生物の5%に当たるといわれている。政府は「野生生物基本法」、「環境基本法」、「生物多様性法などを次々に制定し、森林の保護と種の保全のための政策を積極的に展開している。

その一つとして、コスタリカ生物多様性研究所(Instituto Nacional de Biodiversid-ado)が挙げられる。その略称からインビオ(INBio)と呼ばれ、生物多様性に関する研究所の世界的なモデルとして有名である。1989年に設立された民間非営利団体であるが、大統領令によりスタートしたもので、実質的には国立機関と同様に扱われている。国内の野生生物標本コレクションとナショナル・インベントリー(目録)作り、および情報提供体制の整備を当面の目標としている。また、パラタクソノミスト(分類補助員)の養成や海外製薬会社などとの契約協力による生物資源開発(バイオプロスペクト)などの面でも世界のモデルとなっている。最近では、研究所に隣接してインビオ・パルケ(インビオ公園)を整備し、環境教育にも力を注いでいる。

しかし一方で、経済開発と都市化に伴って環境問題が顕在化している。車の増加と排気ガスによる大気汚染が進んでいるため、化石燃料に代わる風力、地熱、バイオガスをエネルギー源とする取り組みや旧式の中古車の輸入規制が始まっている。

「3C」

最後は「3C」である。3Cとはコスタリカ、チリ、コロンビアの頭文字Cを表し、中南米における3大美人国を意味していると言われている。コスタリカが美人国かどうかはよくわからないが、週末に比較的高級住宅街の近郊にあるショッピングセンタに買物に行き、カフェテリアで、行き交う人たちを眺めてしばし過ごすのが楽しみであったが、確かにいわゆる深窓の令嬢と思しき美人を多く見かけることができたと思える。しかしながら、実はチリやコロンビアにも旅行した際、この両国の方がはるかに美人は多いと見受けられた。とくにコロンビアは当時ボゴタに駐在していた同僚の弁によると、政府や銀行の窓口の女性たちには、ハッとするような女性が多かったそうだ。

サンホセ郊外のショッピングモール

ところで、コスタリカでは政府機関で働く女性の局長クラス、部長クラスはザラである。2010年には初の女性大統領も誕生した。しかし、旧来の伝統的社会の片鱗をのぞかせているのが全体的な女性の社会的地位の問題である。経済労働人口に占める女性の割合は低く、労働賃金における格差も大きい。そしてこのような女性が置かれている社会的状況を端的に示す現象が、母子家庭の多さと女性を世帯主とする家族の貧困問題である。現在コスタリカでは新生児の約半分が未婚の女性から生まれているといわれている。ニカラグア女性移民の増加、カトリック教会、マチスモと呼ばれる男性の優位性と身勝手さなどが指摘されているが、福祉国家を標榜するコスタリカの裏の一面だと言える。

コスタリカは「中米の楽園」、「中米の花園」、「中米のスイス」といわれ、いくつかの問題を抱えながらも平和で、豊かな国づくりを進めている。日本の大学のある先生がその著書に「中米の奇跡 コスタリカ」とタイトルをつけたのもうなずける。米国から現役をリタイアした人たちが数多く終の棲家としてコスタリカに移住してきている。「海外で発生する毎月600ドルの年金を受給していること」が基本条件なので、コスタリカに移住または長期滞在してみるのはいいかも知れない。移住とまではいかなくとも一度はぜひコスタリカを訪ねていただきたい。