【演題】最新のメキシコ情勢と今後の展望
【講演者】高瀬寧 駐メキシコ日本国特命全権大使
【日時】 2020年2月17日 9:30~11:00
【場所】 新橋ビジネスフォーラム
【参加者】73名
冒頭、高瀬大使は、2018年末に就任したロペス・オブラドール大統領については厳しい見方をするメディアが多く、対外発信も分かり難いので、本講演会では温かい目で説明したいと述べられた。
1. ロペス・オブラドール大統領の政策
(1) 大統領は自ら独立戦争、レフォルマ、メキシコ革命に次ぐ「第4次変革」を推進していると言明するほど、強い力で国を引っぱっている。彼は2006、2012年の大統領選に敗退後も、地方行脚を続け国民の意見を聞いて回った。そのため、大統領に就任後、前政権の政策をひっくり返し、汚職、治安、格差に対処することで国民から高い支持と期待を得ている。しかし、社会政策を優先、経済政策は後回しの印象はある。
(2) 汚職対策と綱紀粛正
綱紀粛正(大統領の給与半減、大統領専用機の売却(まだ売れず)、公務員給与カットなど)により19年11月までに1,660憶ペソを節約。新国際空港建設計画は「腐敗」を理由に中止し、前政権の関係者を訴追した。
(3) 治安対策
犯罪数、殺人件数は前ペニャ・ニエト政権下で最悪となる。カルデロン政権は治安政策を「犯罪組織との戦争」と呼び、武力をもって応じたが、現政権は貧困削減などの社会政策によって治安改善を図ろうとしている。しかし、2019年は前年を上回る殺人件数を記録した。
(4) 格差是正政策
国民の42%が貧困状態にあって、ジニ係数は前政権発足時からほとんど改善していない。法定最低賃金も近隣諸国と比べて最も低い。ロペス・オブラドール政権は最低賃金引上げ、年金支給、学生への奨学金支給など直接給付を行った結果、2019年11月の世論調査では48%もの人が生活水準は上がったと回答した。
(5) 大規模インフラプロジェクト
新政権は遅れた南東部開発に取り組み、テワンテペック地峡開発、マヤ鉄道敷設、ドス・ボカス製油所建設等を打ち上げ、一部で工事が始まった。しかし、民間は新政権の政策に懸念を抱いており、投資は低迷している。ロペス・オブラドール大統領はインフラ投資をPEMEXやCFEにさせる考え方を持っている。
(6) メキシコでは新大統領就任の翌年は経済成長が落ち込む傾向があり、2019年の成長率はマイナス0.1%となった。しかし、為替は比較的安定しており、インフレ率は低下し、財政規律は守られている。
(7) 外交政策
自由貿易政策を堅持し(50ヵ国との間で自由貿易協定を締結)、USMCAの合意や中米移民を国境で保護し、自国に送還するなど、米国との良好な関係に腐心している。
2.展望と課題
2020年は政策移行プロセスの途上でもあり、成果を見るまでには時間がかかる。
(1) メキシコの犯罪組織は強く、治安の改善は難しい。犯罪の内容は麻薬がらみから脅迫、強盗、詐欺などに多様化している。そのため、社会政策で支持を得ている現政権が今後も7割の支持率を維持するのは難しいだろう。
(2) 昨年1.6%成長予測が外れたIMFは、2020年の経済成長率を1%と予測している。昨年のマイナス成長に対して、大蔵省はドス・ポカス製油所やマヤ鉄道等公共投資を行うとしているが、民間投資が増えるかどうかが課題である。ロペス・オブラドールの政策には大統領自身の強い意志が反映されているが、これを続けながら民間投資を促進することは難しいだろう。メキシコの景気は米国の景気に左右されるところがあり、米国の大統領選挙や世界経済の行方が注目される。
(3) 日系企業の投資額は減少しているが、日系企業数、在留邦人数は増加を続けている。逆に、ドイツ、スペインの投資は拡大している。日本企業は様子見といったところか。治安対策では、邦人の被害件数は減っている。新たな投資分野としては、港湾、医薬品などが考えられる。1月15日に商工会議所主催で労働セミナーを開催、1月27日にエネルギー対話を行うなど、メキシコ政府との対話を続け、日本側の考えを伝えてゆく。日本の経済協力の重点分野の一つに防災がある。
(4) 2020年は日墨EPA発効15周年、同年メキシコはTPP議長国である。また、科学技術ラテンアメリカ地域フォーラム、移民・難民問題に関するエブラル外務大臣主催フォーラム等が開催される。
講演後には参加者との間でベネズエラ、ボリビア、キューバ、アルゼンチンとの外交関係、石油開発政策、TPPにおける関税政策、インフォーマルな労働市場、中南米における既成政党の弱体化とメキシコとの関連、などについて質疑応答が行われました。