執筆者:桜井 悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)
平均寿命のランキングは、WHOや世界銀行が公表しているが、2017年の世銀レポートによれば、世界1位は香港で、84.68歳、2位が日本で、84.10歳、5位がスペインで、83.33歳、6位がイタリアで、83.33歳、12位がフランスで、82.52歳となっている。ラテン世界は、総じて長寿国である。
香港の人は何故長生きなのか?
香港は中国の一地域であり、我々のイメージからすると人口密度が高くごちゃごちゃしているし、昨今はデモで大いに揺れている地域であるという印象である。2010年3月に近畿通産局が香港貿易発展局主催の映画見本市の視察ツアーを派遣することになった。航空賃だけ支払えば、滞在費は香港持ちで3泊4日のツアーであった。筆者は、この機会を利用して、何故香港人は、長生き世界一なのかを感覚的に調べてみることにした。朝早く起きて、ホテルの前にあったヴィクトリア広場を散歩すると、いるはいるは、大勢のグループがありとあらゆる体操を行っているのだ。太極拳あり、ラジオ体操的なもの、剣を使っての体操等々、楽しみながら仲間と朝の体操をエンジョイしているのだ。さらにその隣の公園では、大規模な花の展示会が開催されている。60歳以上の高齢者は無料で、筆者も当然無料であった。中に入ってみると、大阪の枚方パークの菊人形のような花の彫刻が多数展示されており、日本の生け花の流派も展示している。香港は今や、日本人の平均GDPである40,846ドル〈2019年IMF〉をはるかに超える49、334ドルであり、経済的にも余裕があるのだ。当時、香港の地下鉄駅では、日本の女優の山田優や藤原紀香などのポスターが見られた。夜ともなれば、レストランは満員で、大きな声で話しながら美味しい中国料理を食べている。要するに、長生きの秘訣は、体操を通じて健康に留意し、しっかり食べ、しっかり話し、ストレスをなくし、美しいものを愛で、人生を楽しむからという訳である。
「長生きするために長生きする」日本人と「人生を楽しむために長生きする」ラテン系の人々
平均寿命のランキングにおいて、前述のように、我らがラテン系の国民であるスペイン人、イタリア人、フランス人が高位にランクされていることは素晴らしいことである。ふと思うのであるが、日本人の長生きとラテン系の長生きでは、相当異なるようだ。すなわち、日本人の場合、「長生きするために長生きする」のに対し、ラテン系の人々は、「人生を楽しむために長生きする」という印象である。どちらが良いのか、有意義なのかは自ずと明らかであろう。日本も世代も代わり、徐々に人生を楽しむ人が増加しているのは事実であろう。では、どうすれば、人生を楽しむことができるのであろうか?
まず、3つの心構えが大切である。すなわち、①人生は一度しかないことを心に留めること、②人生を思い切り楽しもうという決意をし、その決意を揺るがせないようにすること、③目標に向かって、具体的に行動をし、できればアクションプランを立てること である。
人生を楽しむ方法はたくさんある。「話す」、「食べる」、「愛する」、「着飾る」、「歌う」、「ワイワイ騒ぐ」、「スポーツ・運動をする」、「旅行する」、「休む・バカンスをとる」、「趣味を楽しむ」、「芸術・音楽・スポーツを鑑賞する」等々である。、
日本もイタリアもスペインも高齢化問題を抱えている。彼らラテン系の人々から高齢化に生きる知恵を探してみよう。
「愉しみながら長生きするための7つのキーワード」
愉しみながら長生きをするためには、7つのキーワードをしっかり頭に入れておくことが必要である。①楽観主義、②好奇心旺盛、③家族愛、④友情、⑤愛、⑥ボランテイア活動、⑦故郷愛である。
キーワード1 楽観主義
ラテン系の人々は、総じて楽観的である。明るく、陽気で、些細なことにくよくよしない。彼らは、世の中には、自分で努力して解決できることと、必ずしもそうではないことを明確に区別する。自分のことは何とかするが、他人のことまでコントロールできないと考える。最善を尽くした後は、開き直り、楽観主義に徹する。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、日本人は、自分でやれる仕事は当然ながらしっかりやり、かつ他人が絡む場合でも責任感を感じ、悲観主義になってしまう傾向にある。
キーワード2 好奇心旺盛
人生において好奇心を持つことは、大いに必要なことである。何故なら、好奇心は脳を活性化させるし、長生きの秘訣であるからだ。好奇心旺盛なことは、生きがいにも繋がるし、老若男女の友人作りにも有効である。高年齢者にありがちな孤独からも解放する。世界におけるアニメ、マンガ・ブームも各国の若者を中心として大きな関心が持たれている結果であり、そのことがきっかけとなり、日本語を勉強するという傾向も生じる。日本食ブームについても、一昔前まで考えられなかった現象である。ジェトロ勤務時代に多くのラテンアメリカを中心とした要人を多数招待し、随行する機会があった。当時は、天ぷらやすき焼きは問題なかったが、寿司や刺身のように生の魚となると顔をしかめる人が多かったものだ。食に対して保守的な欧米人もこぞって日本食を食べるようになっている。盆栽等の普及も世界中に及んでいる。
キーワード3 家族愛
日本は核家族化によって、家族愛が昔ほど緊密ではないが、スペインでもイタリアでもラテンアメリカでも家族のきずなの強さには驚かされる。ママの強さは絶対的であるし、日常のコミュニケーションも頻繁である。週末ともなれば、家族で集まり一緒に食事をしたりする。イタリアなどは、MAMMISMOという言葉があるように、母親が男の子を溺愛する結果、乳離れできなくなり、婚期が遅れたり、結婚しなくなったりして、人口減少に繋がることになる。日本人の女性がラテン系の男性と結婚するケースが増えているが、家族の絆の重要性を理解しないで結婚すると大変だ。毎日、電話で新郎方のママに電話したり、毎週末の家族の集まりには必ず参加しなければならない、二人だけの新婚生活をエンジョイできると思ったら大間違いである。それでも日本の女性は、フレキシブルで強いので対応できるが、忍耐心が無く、このような習慣に慣れていない日本の男性は大変である。
キーワード4 友情 友人関係は最高の宝
友情や友人関係の重要さは、世界共通だが、ラテンの世界では、もう少し密度が濃いという印象を受ける。ラテン世界とビジネスする人、ラテン人と付き合う人は、常にアミーゴとは何かを考える必要がある。筆者は、アミーゴとは、そのアミーゴが自分のアミーゴを紹介してきた時に、そのアミーゴと同様に扱えるかどうかという基準で判断している。もう一つの基準は、完全なGIVE & TAKEはあり得ないが、大まかなGIVE & TAKEが成り立つかということである。友情を育むには、時間と忍耐が必要だと理解したほうがよい。
キーワード5 愛、恋愛
ここで言う愛は必ずしも男女間の恋愛だけではなく、自然や物ごとに対する愛も含まれる。 スペインやイタリアに住んでいて感じたのは、年齢にかかわらず、「いい男でいたい」、「いい女でいたい」と思っていることである。そのために、服装に気をつける。女性が装いや化粧にお金をかけるのは40代以降で、まさに60代は人生の華、60代からおしゃれが始まると言った感じである。それゆえに、人生を楽しみ長生きするには、日本でよく高年齢者に対して使われる「年甲斐もなく」とか「ええ年して」は禁句である。年をとっているからこそさらに人生を楽しむという発想をしなければならない。美しいもの、素晴らしいものに対し、愛を感じるように習慣づけることも必要だ。
キーワード6 ボランテイア活動
「人のために役立つ」とか「自分を必要としている人々がいる」と考え、ボランテイア活動にいそしむことは、長寿への道である。自分を磨くこともできるし、精神衛生上もいいし、健康にもつながるし、友人もできる。日本も高年齢化社会に突入しているが、高年齢者の人々は、常に、ボランテイア活動について考えることが望まれる。
キーワード7 故郷愛
イタリア人やスペイン人と話をしていると、彼らの故郷愛がひしひしと伝わってくる。「故郷は最高」と思っているようだ。イタリアには「カンパニリスモ」という言葉があり、大聖堂や教会の鐘楼の鐘の音が聞こえる範囲の人々は、仲間で信頼がおけると考えている。イタリアのマフィアの世界をみていてもその結束の強さが理解できよう。ミラノやローマ、マドリードやバルセロナに行くのは、生活のためで、できれば故郷に戻りたいと考えている。この点、日本人は、演歌などではよく歌われるが、故郷に割合淡白で、東京や大阪生活から離れようとしない傾向にあるようだ。故郷創生もよく話題になるが、具体的に創生するには、彼らのように、「自分たちの町は世界の誇り」「自分たちの町は常に世界の中心」と考え、故郷を愛し、それを実践することが必要である。
以上に加えて、食事や体操。運動・散歩等で健康を維持する努力が大切であることは言うまでもない。
以 上