連載エッセイ52:続 チリの海と川と湖を漕ぐ - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ52:続 チリの海と川と湖を漕ぐ


連載エッセイ51

続 チリの海と川と湖を漕ぐ

執筆者:元日商岩井(株)サンチャゴ駐在員 鈴木均

2020年3月に、エッセイNo.45「チリの海と川と湖を漕ぐ」を掲載していただいた。しかし、文章が長くなってしまったため、「川」を割愛して、「海と湖」だけになってしまった。続編で、「川」を書かせていただけるようお願いした。

リマリ川

チリは、南北4,729kmに亘って領土を持っている。南極まで領土権を主張している。だから、領土内の気候と植生の移り変わりは多彩だ。最北部のペルーとの国境地帯は、アタカマ砂漠で区切られている。南に行くに従って、殆ど植物が生えていない乾燥地帯、薄い植生と疎らな木が生える中部、濃い森林と湖が特徴的な中南部、氷と雪に覆われる南部パタゴニア、そして南極と、ありとあらゆる世界がある。

砂漠あるいは乾燥地帯の川は、日本の川とは様子が全く異なる。普段行っても、まるで水がなく、川とは気がつかない。幅が広い谷としか見えない。しかし、数年に一度雨が降ると、あるいは、上流のアンデス山脈が豪雨に見舞われると、突然鉄砲水となって、荒れ狂う大河が出現する。そんなわけで、不断に水が流れるチリの乾燥地帯の川は、砂漠の真ん中を流れるロア川とその南に位置するリマリ川しかない。
 
誰に聞いても、ロア川やリマリ川の状況について知っている人がいない。地形図を見ても、荒れ地の真ん中に、水色の線が東西に引かれているだけだ。僕が所属していたサンチャゴカヌークラブの古参に聞いても、誰も行ったことがないので、どうなっているかわからないと言う。そんなところを下らずに、チリの南部に行ったら面白い川がいくらでもあると言う。激しい流れの川は、日本でも十分経験している。例えば、天竜川では、沈(注:カヤックでひっくり返る事)したまま、1km近く流されたことがある。やっと岸に引き上げられて、これでもかと言うほど水を吐いた。直ぐには立ち上がれず、そのまま暫く河原にひっくり返っていた。しかし、砂漠の川は未だ経験がない。何とか試してみたいという思いが、どんどん募った。

駐在員という立場から、プライベートでも、事故を起こすわけには行かない。ロア川は、砂漠の中を大きく曲がって、全長400kmもある。しかも、川の途中に、人家もアクセスもない。支援なしに砂漠の中の川を、こんなに漕ぐと言うのは、もう冒険を過ぎてしまう。単独行にしては、無謀すぎる。一方のリマリ川は、首都サンチャゴから約370km北を東西に流れている。国道5号パナメリカ道路のリマリ橋から太平洋の河口までは、長さが約16kmある。この橋から上流には水が無く、カヤックを浮かべられない。往復32kmだから、まあ適度な距離だ。但し、行きは下りだが、帰りは川の流れを遡らなければならない。

リマリ川は、正確には砂漠の川ではない。乾燥地帯を流れる川だ。しかし、流域は年間平均降雨量が40~270mmしかない。太平洋の東側赤道付近の水温が異常に低くなるラ・ニーニャが襲来すると、何年かの間全く雨が降らない事もある。川に沿って、サボテンを中心とした植物が僅かに生えているだけの景色は、日本人感覚では、「砂漠」以外の何物でも無い。リマリ川を漕ぐことにした。

名産

リマリ川の川エビは、美味で有名だ。大きさが15cm位あり、薄甘い味がする。澄み切った美しい流れに相応しい風格がある。貴重な生き物のため、12月~5月の夏の間は、禁漁となる。しかも、小形のエビは捕獲禁止となっている。今では、自然産よりも養殖の方が多くなったそうだ。天然エビは、成長するまでに一年以上かかる。リマリ橋のたもとでは、エビを指の間からぶら下げた土地の女が、10人近くたっている。産直の立ち売りだ。通り過ぎる自動車に向かってエビをぶらぶらと振り回しては、客寄せをする。

この川には、事前調査を含めて、1995年7月、9月及び10月の3回挑戦した。何しろ、道路から河原に降りる道も分らない。川は崖に囲まれている。9月に行った時には、偶々川エビを採っているホセという男がいた。河口の北側に広がるフライホルヘ国立公園に勤めている。仕事が無い時には、エビを採っているそうだ。網を一切使わない。ウエット・スーツを来て、冷たい川に入る。ぎっしりと生えた藻の間を手探りにする。あるいは、石をそっと持ち上げる。結構、器用にエビを捕まえる。この川では、手で捕まえる漁だけが許されている。

5cmくらいの小エビを、僕の方に放った。無造作に掴んだ僕の指を、小さなはさみが襲った。あまりの痛さに、思わずエビを離した。人差し指には、千切れたはさみが、食い込んだまま残っている。ホセが笑っている。『大きなエビだと、指をはさみ切る事もあるよ。』そんな事は、早く言え。4年越しの日照りで、エビの不漁が続いている。『2kgくらいは直ぐにとれたがね。大きいのは、もういなくなったね。』

この第二回目の調査の時には、約30分ほど川を下ってみた。所々もの凄く浅い場所があるため、何回もポーテッジ(注:カヤックから降りて、ロープで引っ張る。)をしなければならなかったが、何とか海まで行けそうだ。戻りは、約45分かかった。

『ホセ。10月にもう一度来るよ。』『エビは未だ採れるよ。鍋に塩を少し入れて、そのまま炊くんだ。汁がうまいんだ。』僕の目的を、少々勘違いしているようだが、ホセの話もすごく魅力ある。

リマリ川を漕ぐ

10月、三度目のリマリ行となった。今回は根性が入っている。目玉焼きと、冷蔵庫にしまってあるチリ名産の生ウニとイクラで、朝ご飯を食べた。風は強いが、快晴。但し、前回に比べて、水量が大幅に減っている。降水量の85%は、5~6月に降る。

膝小僧に少し足りない流れが続いたかと思うと、深さ2~3mの淵に出くわす。浅い場所では、テントや食料で重くなったカヤックは、ちょっとした石にも引っかかってしまう。ポーテッジを何度も繰り返しながら、ゆっくりと下る。川面がびっしりと水草に覆われているため、浅いところでは、漕ぎ下るというよりも、滑り落ちると言った方が合っていそうだ。

間もなく、9月に見た景色が終わってしまい、高い崖の間を縫う直線の細い流れに変った。砂漠の真ん中を流れてきた川だから、ここまで来ると、何とはなしに生ぬるい。しかし、川底の石がはっきり見えるほど、水が透き通っている。時折、50~60cmの野鯉が飛び跳ねる。

突然深みに黒いひれが踊った。続いて、大きな黒い体が現れた。シュノーケルから、水が噴き出す。川エビ漁の男だ。大きなエビは、深みの岩の下に隠れている。男は、ウエット・スーツの手を挙げて僕に合図をすると、もう一度淵に潜っていった。

この川には、地名が二箇所しかついていない。少し幅が広くなる6km地点のサリトレまでは、リマリ橋からトラクターの便がある。リヤカーに10人くらいの男たちを載せて、一日に何回か往復している。いかにも汚いという格好をした男たちは、すごく陽気だ。見慣れぬ姿の外国人が川面から手を振ると、大声で答えてくれる。

小高い丘の上に、小さな作業小屋がたっている。休日だというのに、トラクターに乗って仕事に来たペペは、『ここはフンド(農場)だよ。パトロン(地主)は、40km離れたオバージェ市に住んでいるよ。川の南側は、海まで全部パトロンの持ち物だよ。』と教えてくれた。ペペのセーターは、至る所穴だらけだ。真新しいケミカルシューズだけが、黒ずんだ肌と対照的だ。『ここじゃ、いくらももらえない。』

河口から6kmほど上流のアンゴスチュラまで来ると、魚影が大分濃くなる。川辺のチリ柳の木の蔭から、男が水面をじっとにらんでいる。すばやくヤスが飛ぶ。ばしゃばしゃと大きな音を立てながら、鯉が上がってきた。下流の方からも、子供を2人連れた男達が、鯉を4匹ぶら下げて戻ってきた。『晩飯だ。』野菜と一緒にぶつ切りに煮込んで食べるそうだ。あるいは、フライにすると旨いそうだ。

川が海に注ぎ込む辺りは、山に堰き止められて出来た大きな氾濫原が広がる。川の流れは、ここで急に蛇行を強め、水深も20cmくらいに減ってしまう。谷間からは、遙かに浪の砕ける微かな音が聞こえて来る。海まであと3km。残念ながら、旅はここで終わりだ。4時間ちょっとかかった。

今日は、完璧な満月だ。川の流れに沿って、オレンジ色の光がゆっくりと昇ってくる。惚けたように、月の道筋を眺め続ける。そんな薄闇の中に、カマンチャカ(注:海岸に沿って出来る霧と雲。乾燥地特有の現象)が次々と湧き上がる。途中で2匹ほど小エビを採った。ゆでた川エビは、赤ワインが良く合う。いつものガト・ネグロ1本では、物足りなくなってきた。疲れのためか、回りがすごく早い。『ここまで来た日本のサラリーマンは、きっと僕だけだろうな。』これだけは、絶対に間違いない。理由なしの満足感に、一人悦に入る。

2008年から干ばつが一段と厳しくなった。2015年には、上流のダム湖の水が、殆ど無くなったという。ラ・ニーニャと、人口の増加と、農業用水の取り過ぎによるものだそうだ。天然川エビの漁は、過去の思い出になってしまったそうだ。筆者が、2014年12月にリマリ橋を通った時には、両手の指にエビを挟んで立ち売りをするおばちゃんの姿を、全く見かけなかった。