執筆者:松田郁夫(元ジェトロサンホセ事務所長)
2019年7月に「百舌鳥・古市古墳群」がユネスコの総会において、大阪府で初めての世界遺産として認定された。これで、日本の世界遺産は文化遺産が19件、自然遺産が4件の計23件となった。一方、沖縄の世界遺産である首里城が火災にあって消失し、多の人が悲嘆にくれるなど、2019年は改めて世界遺産への関心が高まった年であった。
1972年にユネスコの「世界遺産条約」が成立し、2019年には条約締結国は193カ国、登録数は1121件(167カ国)に上っている。内訳は文化遺産869件、自然遺産213件、両方が認定された複合遺産が39件となっている。国別ではイタリアと中国が最も多く各55件、次いでスペインが48件、ドイツが46件、フランスが45件と続いている。
さて、私は1988年9月から2005年4月まで6年6カ月余、中米コスタリカのサンホセに駐在していた。サンホセ事務所のカバーエリアは北のグアテマラから南のパナマまで7カ国に及んでいた。この中米7カ国にも7件の自然遺産、9件の文化遺産、1件の複合遺産の計17件の世界遺産が存在している。あらゆる機会を見つけ、私は数件を除いて中米のほとんどの世界遺産を訪ねることができた。中米は豊かな自然に恵まれ素晴らしい自然遺産が存在している。また、マヤなど先人たちの英知や技術の結晶ともいえる文化遺産も数多い。
欧米や中国の世界遺産もそれぞれ必見すべきだとは思うが、一度是非中米の世界遺産巡りの旅もされることをお勧めしたい。17件のうち独断と偏見で10件を選び以下に紹介しよう。
① ティカル国立公園(複合遺産)
ティカル国立公園はグアテマラにある中米では唯一の複合遺産であり、マヤ文明の最大かつ最古の都市遺跡である。ティカルは以前メキシコに駐在していた時に訪れたことがあり、最上部の神殿入口にジャガーの彫刻が施され、高さ51mの第一号神殿に上ると原始林が果てしなく広がり、いくつかの別の神殿が点在し、壮観な眺めであったのが思い出される。
ティカルは紀元300~800年には多くのマヤの都市を従える大祭祀センターとして栄え、最盛期には人口が数万人にも達したと言われる。現在分かっているだけでも約16平方kmの空間に3000にもおよぶ大小の建造物がある。10世紀になると、栄華を誇ったティカルも急激な衰退期にはいり、神殿群は熱帯の原始林の海の中に埋没していった。
② アンティグア・グアテマラ(文化遺産)
アンティグア・グアテマラ(古いグアテマラという意味)は1543年から200年以上首都であり、グアテマラ総督府が置かれていた。度重なる大地震で町の大部分が破壊され、首都は現在のグアテマラシティに移転された。スペインのムデハル様式の影響を受けたバロック建築と、植民地時代に建てられた多数の教会の遺構で知られている。カプチナス教会・修道院、アンティグア・グアテマラ大聖堂、ラ・メルセー教会、サント・ドミンゴ修道院跡、エルマーノ・ペドロ病院などが世界遺産に登録されている。
近郊には富士山そっくりなアグア火山やアティトラン湖などの風光明媚な観光地がある。
③ ベリーズ珊瑚礁保護区(自然遺産)
ベリーズは中米にありながら、独立前は英領ホンジュラスであった。スペイン語もかなり通じるが公用語は英語であり、全土に多数のマヤ遺跡が点在している。カリブ海諸国からやってきた黒人が多数を占め、四国よりやや大きい国土に、わずか約20万人しか住んでいない。そんなベリーズの海岸から沖合20kmに広がる珊瑚礁保護区が世界遺産である。オーストラリアのグレートバリアリーフに次ぐ世界第2位の広さを誇っている。非常に透明度が高く珊瑚礁でできた小島が150以上ある。その中のライトハウス・リーフは直径が300m以上ある大きな穴ブルーホールは神秘的でとくに有名である。ウミガメが産卵に来ることでも知られ、周辺にはイルカが住みついていて、スノーケリングで一緒に泳ぐことができる。
④ コパンのマヤ遺跡(文化遺産)
ホンジュラス最西部、コパンの盆地にある古代マヤ文明の遺跡である。
紀元前1000年頃から人が住むようになり、海抜約640mの盆地に流れるコパン川北岸に都市国家が築かれて、7~8世紀には最盛期を迎えた。その最盛期には、総面積24平方キロメートルの王国に3万人が暮らしていた。「祭壇Q」が残るアクロポリス、72段の階段に2200以上にも及ぶマヤ文字が刻まれた「碑文の階段」、「球戯場」などが残されている。
⑤ ホヤ・デ・セレンの考古遺跡(文化遺産)
ホヤ・デ・セレンの考古遺跡は首都サン・サルバドル北西にある古代マヤ時代の村の遺跡である。翡翠やカカオの産地として肥沃な地域であったが、600年頃、火山の大噴火によって埋没した。1400年もの間、火山灰の下に眠り続けていたが1976年工事中に偶然発見された。日干しレンガで作られた住居跡や集会所、寺院、共同浴場跡、木製農耕具などがほぼ完全な状態で発掘された。マヤ文明の建物の発掘は多いものの、農村生活を伝える遺跡はほとんどないため、大変貴重な遺跡である。
⑥レオン・ビエホ遺跡群(文化遺産)
レオン・ビエホ(レオン旧市街)は、アメリカ大陸で最も古いスペイン植民都市の一つで、征服者エルナンデス・デ・コルドバによって1524年に建設された。1609年にレオン・ビエホから約3kmしか離れていないモモトンボ火山の相次ぐ噴火と地震に見舞われたことで放棄され、現在の場所に町を移転された。新しい町はスブティアバと名付けられ、アメリカ先住民の町になった一方で、放棄されたレオン旧市街は1960年に発掘された。火山灰の下から先のスペイン植民地時代の博物館、大聖堂、古い砦などの基礎が発見され、2000年にはエルナンデス・デ・コルドバの遺骸も発見された。
⑦ココ国立公園(自然遺産)
ココ島はコスタリカ本土から400km南西の太平洋上にある絶海の孤島で、その周辺海域からなる世界遺産である。かつては世界最大の無人島であったが、現在は公園の管理人が常駐している。空港がなく、アクセスは豪華なクルーズ船で片道30時間のツアーがあるが、残念ながら訪れる機会がなかった。ココ島は熱帯雨林に覆われた島で、年間7000mmもの雨が降る。隔絶された環境で固有種を含む動植物が生息している。周辺海域には、北赤道海流が通っていて豊かな漁場を形成しており、ハンマーヘッド・シャークやネムリブカマグロやカンパチなどの群れが見られる。このため、世界中のダイバーの垂涎の的となっている。また、ココ島国立公園はスティーブンソンの小説『宝島』の舞台として知られていており、さらに「ジュラシック・パーク」シリーズに登場する島もココ島がモデルだと言われている。
⑧タラマンカ山脈=ラ・アミスター保護区群とラ・アミスター国立公園(自然遺産)
タラマンカ山脈=ラ・アミスター保護区群とラ・アミスター国立公園は、コスタリカとパナマにまたがる世界遺産で、アミスターはスペイン語で友情を示している。1983年にコスタリカの世界遺産として、7つの国立公園や自然保護区がまとめて「タラマンカ山脈=ラ・アミスター保護区群」として登録された後、1990年にパナマのラ・アミスター国立公園が加えられた。ラ・アミスター国立公園は、1988年にパナマとコスタリカが共同管理する国際平和公園であるラ・アミスター国際公園の一部になっている。この一帯は世界遺産になるよりも早い1982年に生物圏保護区に指定されている。タラマンカ山脈には両国の最高峰であるセロ・チリポ峰(標高3819m)があり、海抜3000m辺りまで欝蒼とした森林地域となっている。ここには、ケッツアル鳥やジャガーなどの多様な生物が生息している。
⑨ダリエン国立公園(自然遺産)
ダリエン国立公園はパナマにある世界自然遺産で、国境の向い側にはコロンビアの世界自然遺産であるロス・カティオス国立公園が広がっている。ダリエン国立公園は動植物の宝庫で、特にラン科の植物と鳥類の種類が多いのが特徴的である。1513年、ヨーロッパ人として初めて太平洋に到達したバルボアは、ここを突破して太平洋に到達した。古くから先住民が活用してきた薬効がある植物も多く、医療関係者からも注目されている。また、鳥類は1000種以上が生息するとされている。しかし、ゲリラが潜伏しているため治安が悪く、外務省は渡航の是非を検討するよう危険情報を発出しているのは残念である。
⑩コイバ国立公園とその海洋特別保護地域(自然遺産)
コイバ島は中央アメリカ最大の島で、パナマのベラグアス県の太平洋岸沖合いにある。コイバ国立公園とその海洋特別保護地域という名で、世界遺産にも登録されている。コイバ島と38の小島、その周辺海域が対象となっており。登録された範囲は、陸地面積約550平方キロメートル,海域面積約4000平方キロメートルにもなる。
コイバ島は海面が上昇した18000年前から12000年前頃、本土から切り離されてしまい、外見的にも性質の面でも、本土の動植物とは分岐していった。その結果、コイバ島は、コイバホエザル、コイバアカオカマドドリなど、固有の亜種の宝庫になっている。
この他、グアテマラにキリグア遺跡公園と遺跡群(文化遺産)、ホンジュラスにリオ・プラタノ生物圏保護区(自然遺産)、ニカラグアにレオン大聖堂(文化遺産)、コスタリカにディキスの石球を含む先コロンブス期首長制集落群(文化遺産)とグアナカステ保全地域(自然遺産)、パナマにカリブ海沿岸の要塞群:ポルトベロとサンロレンソ(文化遺産)とパナマ・ビエホとパナマ歴史地区(文化遺産)の7件の世界遺産がある。(了)