連載エッセイ62:ガラパゴス化した日本のゴルフ・クラブ - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ62:ガラパゴス化した日本のゴルフ・クラブ


連載エッセイ61

ガラパゴス化した日本のゴルフ・クラブ

執筆者:富田眞三(テキサス在住ブロガー)

コロナ禍でPGAトーナメントが中止のため、ゴルフチャンネルは去年の試合を放映していた。たまたま見た番組はメキシコで開催された、昨年のPGAゴルフ/WGC-MEXICOだった。会場のチャプルテペック・ゴルフクラブでは何度もプレイしたことがあって懐かしかった。解説者が「メキシコ・シティは海抜2340㍍もあって空気が薄いため、飛距離が15%伸びる」と言っていた。確かにその通りで、週一ゴルファーでもその恩恵に浴せるが、低地でプレイすると、元の木阿弥になるのは当然だった。

メキシコからのゴルフ中継を見ていて、私がゴルフを始めたのは1971年だったことを思いだした。来年は50年目になるわけだ。下手の横好きで、ハンデは最高11だったし、ホールインワンもないし、エイジシューターにもなれなかった。ただ一つ良かったと思うことは、息子と孫二人がゴルフ好きになってくれたことだ。秋に渡米したら、息子と孫二人の4人で親子三代ゴルフをするのが楽しみである。

さて、私は半世紀にわたって、三ヶ国、メキシコ、日本とアメリカでゴルフをプレイしてきた。メキシコと日本ではゴルフ・クラブに所属していたので、両国のゴルフの仕組みが違うのが興味深かった。私がゴルフを始めたのは、メキシコ市だった。当時メキシコはプライベート・クラブしかなかったが、友人たちの援助によって、私はスペイン人が幅を利かすカントリークラブに入会出来た。ここの一員になった日本人は後にも先にも私だけだった、と後になって知った。

入会手続きの際、支配人から倶楽部の説明を聞き、倶楽部内を案内してもらったとき、芝生のテニスコートがあるので、「流石カントリー倶楽部だな」と感心したことを未だに記憶している。私は倶楽部の文字はClubの意義を良く表していると思うので、この文字の方が好きである。倶(ク)は「ともにそろって」を意味し、楽は文字通り「楽しむ」である。従って「ともにそろって楽しむ部(club)」ということになる。


(www.cccm.mx)

ところで、以下が支配人から聞かされた倶楽部に関する説明だった。

  1. この倶楽部の名称は、Club Campestre de la Ciudad de Mexico( 英語名はMexico City Country Club、メキシコ市カントリークラブ)であり、株式会社である。
  2. 会員、即ちメンバーは会社の株主であり、倶楽部の経営責任を担っている。
  3. 株主の配偶者と30才以下の独身の子供たちも倶楽部の施設を株主と同様に使用できること。独身の娘はメンバーとして継続可能。
  4. 株主は毎月、最低100米ドルをレストラン、売店で消費すること。
  5. 株主は年額50万円の倶楽部維持費を支払うこと。維持費を前払いすると、10枚のプレイ券が貰える。土日のグリーンフィーは5万円なのでこれで元が取れる勘定になる。プレイ券は友人を招待するときに使える。
  6. 株主及び家族のプレイ費用(グリーンフィー)は無料であること。

以上が私のゴルフとの出会いだったので、後年日本のゴルフ・クラブに入会したときは、大分戸惑った。とにかく、日本のゴルフ倶楽部はメキシコとは大分違っていた。私は東京の桜が丘カントリークラブのメンバーになったが、女房は会員扱いされなかった。メンバーの僕もグリーンフィーを払う必要があるのには驚いた。最も維持費が安いのだから、止むを得ないのだが、英国流の倶楽部のように同好の士が集まって作り上げたものではなく、設立目的が違うのだから、比較するのは酷ではあるが、「日本のゴルフはガラパゴス化している」と感じた。

私が違和感を覚えることの一つは、ゴルフ場がカントリークラブと称することである。桜が丘もそうだった。カントリークラブの定義は、「郊外に位置する、会員専用のスポーツ、社交施設で、最低ゴルフ、テニス両方の施設を有するものを指す」である。従って、テニスコートさえない、桜ヶ丘はカントリー倶楽部を名乗る資格はない。


(www.brideadvisor.com)

メキシコ市のカントリー倶楽部は、ゴルフの他に10面のテニスコート、スポーツジム、50メータープールと子供用の9ホールのゴルフ・コースがあった。そのうえ、レストランが提供する料理は、株主たちが取引先や大事なお客さんの接待に使えるほどの一級レストラン並みである。

また、1000人以上入る宴会場は、結婚披露宴に絶大な人気があった。予約は株主しか出来ないため、我々は何度も友人たちのためにひと肌脱いだものだった。日本のゴルフ場のファミレス並みのレストランとは大違いである。

メキシコ・カントリー倶楽部の利点の一つは、株主にスペイン人またはその子孫たちが多いため、スペイン本国との付合いが緊密で、マドリードにある、プエルタ・デ・イエロ(鉄の門)王立カントリー倶楽部と姉妹倶楽部になっていることだ。

従って、私もジェラルド・フォード米大統領が「プエルタ・デ・イエロは王様たちの倶楽部であり、倶楽部の王様である」と称賛した、同倶楽部でプレイ出来た。実はメキシコの倶楽部の友人の一人にスペイン領事がいたが、男爵でもある彼は「姉妹倶楽部のメンバー」だったから、うちの倶楽部でもプレイできたのだった。少々脱線させて欲しい。プレイボーイの勇名を馳せていた42才の独身男爵は、日本食が好きでわが家に時々晩飯を食べにきた。毎回、彼は真っ赤なバラを一輪、私の女房に持ってきた。女性はこんな小さな気遣いを喜ぶんだな。

さて、マドリードの鉄の門倶楽部の凄いところは、ゴルフ・コースの他にポロ競技場、サッカー場、乗馬場、テニスコート、クロケット競技場があり、場内に従業員用の社宅と教会まである。こう言うのをカントリー倶楽部というのである。言うまでもなく、メンバーズ・オンリーである。

プレイした日、私は背広もネクタイもしていなかったので、レストランには入れなかった。そこで翌日、背広を着てネクタイを締めて女房同伴で入口に王様の胸像が立つ王立ゴルフ倶楽部のレストランで素晴らしいスペイン料理を堪能してきた。お陰で女房の私への採点は鰻登りしたのである。

それにしても驚いたことに、「王様の倶楽部」の更衣室というかロッカールームには、ロッカーがなく、衣服類は窓際に長く続くバレエ練習場にあるような「横棒」にぶら下げるのである。

さて、メキシコ・カントリー倶楽部に入会すると、偶然の成行きで私はスペイン人グループに入れてもらった。その後、30年間彼らと毎週木・土曜日プレイしたが、これは実に楽しい思い出になっている。メキシコ(アメリカもそうだが)の倶楽部は家族ぐるみの付き合いが基本なのである。そのお陰で毎週のように結婚式等各種パーティーに顔を出したものだった。

そんな縁でスペイン人特に倶楽部に多かった、バスコ人(バスク)たちとは兄弟以上の付合いだった。お陰でイニャキ・トミタゴイティアと言う、バスコ風名前まで付けられ、私はメキシコのスペイン人社会では「変わった日本人」として有名だったらしい。

では、日本ゴルフのどこがガラパゴス的なのか説明しよう。リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政治」という名言を残した。この人民を「メンバー」に政治を「倶楽部」に代えてみよう。「メンバーの、メンバーによる、メンバーのためのゴルフ倶楽部」でなければいけないのに、日本はそうなっていないのである。

欧米のゴルフ倶楽部はご主人が入会すると、家族は自動的にメンバーになる。ところが、日本はメンバー登録が個人単位になっているため、家族はメンバーになれない。これは日本のゴルフ場が、ビジターのグリーンフィー目当てのビジネスになっているため、家族より社用優先なのだろう。桜が丘カントリーほどの倶楽部でも、メンバーがビジターを紹介すると、バスタオルを「ご褒美」にくれるのである。

一方、メキシコの倶楽部では株主が同伴しない限り、ビジターはプレイ出来ないうえ、土日は「ビジターを連れてくるな」という意思表示としてグリーンフィーを500ドルに設定している。

一方、日本のプライベート・ゴルフ場はメンバーに「プレイ権」を販売するのがメインなので、メンバーであっても、予約等で優先権はないのである。もちろん、株主でもない。

ゴルフ場は劇場と同じ感覚で、幕間ならぬ、9ホール終了後、強制的に昼食を執る仕組みであるが、欧米にはこんな習慣はない。日本のゴルフ場のレストランはファミレス並みである。日本のゴルフ・コースは場内の樹木は見事に剪定されて、まるで庭園のようである。昔、何故かと訊いたところ、グリーンフィーを高く取るために高級感を演出するのだと説明された。ゴルフの本場のイギリスは自然のままがモットーなのに、である。

グリーンが二つあるのも理由は知らないが、変わった趣向である。外国の9ホールだけのコースでは、グリーンがIN用とOUT用の二つあるが、これは理に適っている。

以上、失礼なことを勝手に書いてきたが、欧米の感覚から見ると、日本のゴルフ場は「ガラパゴス化した特殊なもの」と言える。最後にアメリカのゴルフ・コースの種類を記しておこう。

  1. 市営(または郡営)ゴルフ・コース:市が経営する施設で例外的にサンディエゴ市のトーレイパインズのようなPGAのトーナメントの舞台になる豪華なコースもあるが、大部分は30ドル以下でプレイできる。カートは別料金であり、一般に開放されている。なお、現在トーレイパインズのグリーンフィーは500ドルである。
  2. セミ・プライベート・コース:プレイするためにメンバーになる必要はなく、その都度グリーンフィーを払えば良い。年会費を払うと、割引料金でプレイできる。リゾートにこの種のコースは多く、グリーンフィーは50~500ドルまで種々のカテゴリーがある。
  3. プライベート・コース:カントリー倶楽部とゴルフ倶楽部は彼ら専用のプライベート・コースを所有している。ここでプレイし施設を利用するには、多額の入会金を払って倶楽部の会員になる必要がある。ほとんどの倶楽部は会員がゲストを連れてくることを認めているが、招待客の数や頻度を制限するのが普通である。

 
お気付きのように、欧米ではゴルフ・コースと倶楽部を区別している。ゴルフ・コースとはゴルフ場であり、ゴルフ倶楽部とは、メンバー(株主)の、メンバーによる、メンバーのためのものなのである。従って、我国にはゴルフ場は多数あるが、ゴルフ倶楽部、ましてやカントリー倶楽部は非常に少ないと思う。

欧米のゴルフ、特にカントリー倶楽部は、仲間とのプレイを楽しむために彼らが作り上げたものなであり、ビジネスを目的とする、日本のゴルフ場とは異質なものである。

さて、ゴルフは18ホールをプレイするスポーツだが、19番ホールがあるところに意味がある。4~5時間汗をかいた後、シャワーを浴び、蒸し風呂に入ったあと、ゴルフ仲間と飲む酒の味は格別なものである。これを19番ホールと称する。

私の仲間のスペイン人たちは彼ら自身を自虐的にこう定義する。「一本眉で毛深く、常に機嫌が悪い」。一般的にスペイン人は陽気だと思われているが、実際は常に機嫌が悪く見えるのである。見えるだけで実際は好人物たちなのだが…。

私も「常に機嫌が悪い」ところが彼らに似ているので、馬が合ったのである。メキシコを出て、20年近くになるが、今でもカントリー倶楽部の連中を懐かしく思い出す。これもゴルフのお陰である。とにかく、ゴルフは単なるスポーツではない何かを持っていると思う、今日この頃である。(終わり)