連載エッセイ86:桜井悌司 「ラテンアメリカでの新型コロナ蔓延について考えたこと」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ86:桜井悌司 「ラテンアメリカでの新型コロナ蔓延について考えたこと」


連載エッセイ83

新型コロナウイルス蔓延について考えたこと

執筆者:桜井悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)

2020年初め頃から、新型コロナウイルスが世界中で蔓延している。日本経済新聞の朝刊を見ると、毎日、米国のジョーンズ・ホプキンス大学発表のウイルス感染者数と死者数のデータが公表されている。ワースト30(途中でワースト15に変わった)の発表である。筆者も、どの国で急速に蔓延しているのか関心を持ち、2020年5月15日以降、毎日フォローしている。

新型コロナウイルスの蔓延の情報は、全世界の政府、大学、研究所、マスコミで報道されている。日本でも、外務省、厚生労働省、国際協力機構、日本貿易振興機構(ジェトロ)、各種研究所、銀行等がこぞって取り扱っている。まるで、ウイルス感染動向についてレポートしないと存在意義を疑われるといった感がある。

従って、筆者のような専門家でないものがこのテーマを取り上げる必要もないことは十分に理解しているが、いくつか異なる視点から述べてみたい。後述する如く、感染者ランキングは毎日のごとく変化しているが、参考までに、古いデータであるが、2020年8月7日時点の感染国ワースト30をチェックしてみると興味深いことがわかってくる。今、ワースト1位からワースト30をみると、①米国、②ブラジル、③インド、④ロシア、⑤南アフリカ、⑥メキシコ、⑦ペルー、⑧チリ、⑨コロンビア、⑩イラン、⑪スペイン、⑫英国、⑬サウジアラビア、⑭パキスタン、⑮バングラデシュ、⑯イタリア、⑰トルコ、⑱フランス、⑲アルゼンチン、⑳ドイツ、㉑イラク、㉒カナダ、㉓フィリピン、㉔インドネシア、㉕カタール、㉖カザフスタン、㉗エジプト、㉘エクアドル、㉙中国、㉚ボリビアとなっている。

これを見ただけで興味深いことが浮かび上がってくる。まず、BRICS5カ国がすべて入っている。しかも4カ国が2位から5位と上位を占めていることである。中国はウイルスの発生国にも拘らず感染者数は少ないが、本当のところ実態はわからない。次に、所謂G20加盟の国が多いことである。アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、ロシア、中華人民共和国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ共和国、インドネシア、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチンの16カ国が入っている。この中で入っていないのは、日本、韓国、オーストラリア、EUの4カ国・機関のみである。また30位のなかで、ラテンアメリカ諸国が、8カ国も入っている。では何故そうなったのかを個人的判断を加えて考えてみたい。

BRICS諸国が何故多いのかという質問に対しては、常識的に、①人口が絶対的に多い。インド13.3億人、ブラジル2.1億人、ロシア1.5億人、南アフリカ5.800万人。コロナウイルス発生の国、中国の人口は、約14億人で、感染者数から見ると少ないが、情報が公開されないので実態はわからない。②貧富の格差が大きく、ブラジルのファヴェーラに代表されるスラムが多い。③医療体制が十分でない等々である。④またハグ、キス、歌い・踊り・パーテイ好きといった習慣、⑤ブラジルのボルソナロ大統領のように、国によっては、ウイルス蔓延を推進するようなリーダーもいる 等々の理由も挙げられている。

筆者は、以上の原因に加え、「油断」という単語を使ってみたい。BRICSという単語は、2001年、米国の投資会社のゴールドマン・サックスの提唱で、ブラジル、ロシア、インド、中国の4カ国の頭文字をとって、将来性のある国として選定された。その後、南アフリカ共和国が追加された。それ以降、全世界で注目を浴び、投資市場として注目された。筆者もブラジル駐在中は、この言葉を使用し、ブラジルにもっと注目するように日本企業に働きかけたものであった。2009年にBRICS会議がロシアのエカテリンブルグで初めて開催され、2014年の中国での会議では、南アも加わり、BRICS首脳会議と命名された。その後2014年のブラジルのフォルタレーザ会議では、新開発銀行(BRICS銀行)の設立も合意された。それ以降。ほぼ毎年、首脳会議が行われ、2019年11月には、ブラジリアで第11回会議が開催された。2020年11月には、ロシアのプーチン議長の下にオンライン会議が開かれ、コロナワクチンの開発協力で合意された。すべて順調に進むはずであったが、国際情勢や資源価格の下落等でロシアやブラジルの経済が低調、インドも南アも停滞気味である。中国は、米国との関係悪化や急激な世界展開によって、多くの国と軋轢を起こしている。そのような時期に、新型コロナウイルス禍が直撃した。世界の全ての国にとって、初めての経験ではあったが、上記の要因に加え、医療体制も十分ではなく、BRICSの栄光から来る慢心による油断が生じ、ウイルスの蔓延を防ぎきれなかったという筆者の個人的意見である。

G20の国々のうち、16カ国がワースト30の中に入っているのも驚きである。G20の中には、欧米先進国の米国(3.3億人)、スペイン(4,600万人)、英国(6,600万人)、イタリア(6,000万人)、フランス(6,500万人)、ドイツ(8,300万人)、カナダ(3,700万人)が含まれるが、BRICS以外の新興国であるメキシコ(1.2億人)、イラン(8,200万人)、サウジアラビア(3,300万人)、トルコ(8,200万人)、アルゼンチン(4、500万人)、インドネシア(2.6億人)、エジプト(9,700万人)等錚々たる国が含まれている。ここでも人口大国が多い。今回の新型ウイルスに対しては、欧米等先進国、新興国、発展途上国ともに、ごく一部の国を除き、総じてうまく対応できなかったと言えよう。

ラテンアメリカ諸国も大きな被害を受けた。前述のように、ブラジルは2位、6位から9位までは、メキシコ、ペルー、チリ、コロンビアが連続して入り、その後、19位のアルゼンチン、28位のエクアドル、30位のボリビアと続く。ここでも、①ファべラ等スラムに見られる貧富の差、②ハグ、キス、パーテイ好き等の習慣、③個人主義者が多い、③施政者による必ずしも適切でない対応策等々が原因として挙げられている。筆者の個人的意見では、上記に加え、ラテン系の人が持つ国民性であるオプテイミズム(楽観主義)と防御の弱さを上げたい。

まずオプテイミズムであるが、ラテン系の人は総じて、オプテイミストである。コロナを単なる風邪と同様に考えたり、自分はコロナに感染しないとか、感染してもすぐに治るとか、外出自粛下でも少しくらいなら大丈夫であろうといったことである。筆者は、数年前に、「ペシミズムの勧め」という原稿を執筆した。(https://nipobrasil.org/archives/14608/ ご一読願いたい。)その中で、まるでおとぎ話と断った上で、ラテンアメリカの発展を妨げる大きな要因の一つは、その「オプテイミズム」にある。例えば、経済的に行き詰っても資源価格の高騰等の神風が吹き、政治・経済改革がなされない。明日には明日の風が吹くといった考えである。そこで、年に1回、「ペシミズム月間」とか「ペシミズム週間」を設けて、その期間だけでも、一時的にオプテイミストからペシミスト(悲観主義者)に変身し、ペシミストの観点から、政府、企業、国民がそれぞれ考えてみればよいのではないかという内容である。読者のコメントは、奇想天外とか意外に面白そうという意見があった。コロナウイルス危機は、楽観的ではなく悲観的な方が解決しやすいのである。

もう一つの点は、防御(Defense)に関わることである。例えば、サッカー、ボクシング等スポーツの試合を見ていると、ラテンの選手は、優勢の時には、手が付けられないくらいに強いが、劣勢に回ると弱くなることが少なくない。あきらめが早いのである。その典型的な例が、ワールドカップ・ブラジル大会でブラジルがドイツに1対7で大敗した試合である。コロナウイルスは、強敵であり、世界のほとんどの国が手をこまねいており、防御に回らざるを得ない。防御や劣勢の際は、「我慢」強く、「忍耐」を持って対処することが必要なのである。ラテン系の人は、どちらかというと我慢強く、忍耐強く、事を処するのが得意では無いように思える。

また、ラテン系の人々は、カッコ良さや大胆さを好むようだ。いつも「良い男で痛い」、「良い女でいたい」というと思っている。マッチョでありたいというマチスモも健在である。小胆さ,臆病、内気、警戒心などはどちらかと言うと嫌いである。コロナウイルスに対峙するには、臆病なくらいに「警戒心」を持つ方が有利に働くと言えよう。

結論的には、コロナに打ち勝つ秘訣は、3つのPだと筆者は考えている。「ペシミズム」(Pesimismo)、「忍耐・我慢」(Paciencia)、「警戒心」(Precaución)の3Pであり、どちらかと言えば、ラテンの人々が弱い点なのである。とは言え、今は、何が起こるかわからない時代だし、「人生万事塞翁が馬」の時代である。コロナが終息しすれば、ラテン系の人々の持つ特性が有利に働く時代がやって来ることを期待したい。

「目まぐるしいランキングの変動」

下記に5月15日から12月15日までのラテンアメリカの主要6カ国の世界における感染者数のランキングの推移を記してみた。この数字から様々なことがわかってくる。まず、ランキングの動きの目覚ましさである。ブラジルを除き、その他の国々は、上位にランクされた後は徐々にランキングを落としていることが理解できる。

1)ブラジル  最初の感染者が出たのは2月24日で、5月15日の時点では6位であったのが、6月1日には一気に2位に躍り出て、9月15日以降は3位をキープしている。ランキング上では、6月に2位に躍り出たが、その後一進一退で、死者数の平均では、7月が最大で、感染者数の平均では、12月に入ってからが最大となっており、終息の見通しが最も暗い国の一つとなっている。

2)アルゼンチン 最初の感染日は3月2日。7月1日に初めて30位以内に入り、25位、その後順位を上げ、10月15日の時点では、ピークの5位まで上昇し、12月15日現在で10位まで下がっている。アルゼンチンの場合、ランク上も平均感染者数、平均死者数も10月がピークであったことが理解できる。その後は減少に転じている。

3)コロンビア 最初の感染日は3月5日。 初めて30位以内にランクインするのは7月1日で、21位、8月以降どんどんランクを上げ、10月1日にピークの5位まで上昇し、以降、ランクを下げ12月15日時点では、11位となっている。感染者数平均と死者数平均のピークは、8月であったことがわかる。

4)メキシコ 最初の感染日は2月27日。5月15日の時点では18位、以後ランクを上げ8月1日にピークの6位、以降ランクを下げ、12月15日時点では、13位まで下がった。メキシコの場合、ランキングのピークは、平均死者数は7月であったが、平均感染者数の場合は、12月に入ってからであり、まだまだ予断を許せない状況である。

5)ペルー 最初の感染日は3月5日。5月15日の時点では、すでに13位に入っている。その後順位を徐々に上げ、9月1日の時点では、5位、以降、徐々にランクを下げ、12月15日の時点では、16位となっている。ペルーの場合も、ランキングのピークと平均感染者数、平均死者数のピークが一致しており、8月である。9月以降は下降に転じている。

6)チリ 最初の感染日は3月2日。5月15日の時点では20位だったが、その後ランクを上げ、7月1日の時点ではピークの7位まで上昇した。それ以降徐々にランクを下げ、12月15日の時点では、24位である。ペルーの場合も、ランキングのピークと平均感染者数、平均死者数のピークが一致しており、7月である。8月以降は、徐々に下降に転じていることが理解できる。

一刻も早い終息を期待したい。

表① 新型コロナウイルス感染者数ランキングの推移

表② ラテンアメリカ主要国の新型コロナウイルス感染者数・死者数の推移