1976 ~83 年の間のアルゼンチン軍政は、社会・共産主義、ペロニスモ信望者はじめ「国家の敵」と見做した者を拉致し、監禁、拷問にかけ、殺害した市民はその痕跡を消した結果3 万人と推定される「失踪者(行方不明者)」を生み出した。
「Ⅰ「国民再編過程」と「回復」の運動」は、1970 年代の軍政が掲げた「国家再建プロセス」による国家の左翼弾圧の始まり、拉致・殺害しても遺体が見つからないということで身分登録は抹消されない失踪者が多数出たため、弔われない死者を探す家族は「記憶、真実・正義」を回復しようと危険な状況下にも拘わらず抗議運動を開始した。
「Ⅱ 国家テロリズムとマイノリティの闘い-日本という出自」では、白人種が圧倒的に多いアルゼンチンにおいて少数者である日系人は人種差別から逃れるために目立たぬよう善良に生きてきたが、出自に還元して個人を認めない「同定」の権力を振るう政治支配層、軍政ナショナリズムに対して闘いを挑み、同定/同一性に抗する日系人の若者の中からも「失踪者」が出るようになって、日系家族も「記憶」の作業に参加する。同じ失踪者家族であっても、欧州移民とアジア系マイノリティの日系とは異なるものがあった。
本書は、日系人の失踪者の実態とその親族の真実究明の奮闘を追ったものである。著者はアルゼンチンの日系人等を研究してきた文化人類学者で早稲田大学准教授。2009 年から19 年にかけてブエノスアイレス州、首都ブエノスアイレスで「FDCJ(日系社会失踪者家族親族会)」の協力を得て、幅広く調査と聞き取りを行い、この「強制失踪」の歴史からアルゼンチン社会の多様性の解明に挑んでいる。過酷な記憶の下で生きる日系人家族の変革の道程を描いた意欲的な研究書である。
〔桜井 敏浩〕
(春風社 2020年3月 336頁 3,600円+税 ISBN978-4- 8611-0678-1 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2020/21年冬号(No.1433)より〕