連載エッセイ94:真野萌「イキケからのたより」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ94:真野萌「イキケからのたより」


連載エッセイ90

イキケからのたより

執筆者:真野 萌(株式会社スリーダブリュエム、チリ在住)

私は現在、チリ北部のイキケという街に住んでいます。26歳で赴任し現在3年目になります。チリと聞いて、ワイン・サーモン・モアイ像ぐらいしか想像ができなかった私ですが、縁あってここ、チリはイキケで日本の中古車を販売する仕事に就いています。チリの中でも中古車の輸入が認められているのはイキケと、南は第12州にあるフリーゾーンのみです。イキケの街を走る乗用車の約6割はなんと日本の中古車。これを読んでくださっている貴方が売った車ももしかしたらチリで再利用されているかも知れません。

イキケは西に太平洋、東に砂山が迫る、人口約20万人の都市です。チリ北部第1州の州都で、車で北へ4時間走ればもうペルー国境です。私が初めてここへ降り立ったのは夜でした。タクシーから見える砂山を、その時は雲だと思っていて、翌日街へ出たときに砂山たちの迫力に驚いたことを覚えています。海と街がとても近く、ほぼ毎日、水平線に沈む美しい日没をみることができます。

写真) 砂山の一部

写真) 自宅から沈む夕日をのぞむ

気候は砂漠気候で、年中空気は乾燥していています。夏の日差しはとても強いですが日陰に入ってしまえば、体感としては日本の夏ほど暑く感じません。雨は年に1度降るかどうかというところで、赴任して2年以上経ちますが、まとまった雨を経験したのは2回程です。(約2時間の降雨で街は河川と化しました) “砂漠”気候といっても、生活する上で、例えば節水は必要ないですし、砂嵐がふくこともありませんので、日本の冬と梅雨が苦手な私にとってはとても暮らしやすい場所です。

生活用水は硬水です。イキケの水は硬水の中でも”超”硬水に値する硬度を誇ります。水が乾くと、水道まわりや浴槽は、水に含まれるミネラル成分が残るせいで薄っすらと白くなります。生活用水として全く問題はないのですが、はじめはこの得体のしれない白い物質に驚き、シャワーを浴びるにも洗濯にも抵抗を感じました。数週間すれば慣れてしまい、今は当時買い占めた何種類もの水回り掃除用の洗剤だけが洗面所で眠っています。

スペイン語事情

公用語はご存じの通りスペイン語ですがイキケは移民の多い街ですので、話されるスペイン語も国によって様々です。私はメキシコ留学の経験があり、スペイン語で会話をすることへの抵抗はなかったのですが、赴任してすぐに、”チリ弁”のくせの強さに度肝を抜かれました。

その他にも仕事柄、様々な国籍の方とお話する機会があり、パラグアイのスペイン語(先住民の言葉である”グアラニー語”を混ぜて会話されることも多く、意味が全くわからない)、 ボリビアのスペイン語(なんとなく、sとzの音が耳に残る感じがする)、 ペルー人のスペイン語(驚く程聞き取りとりやすい)、コロンビア・エクアドルのスペイン語(抑揚がやたら大げさに聞こえる)、等日本にいてはまず学ぶことができないであろう種類のスペイン語を知ることができます。

コミュニケーションをとる上で不便を感じることは日常茶飯事ですが、通じないことは言葉がわからないせいだけではないと思っています。ただ声が小さく聞きとってもらえない場合もありますし、相手が単に不親切な場合だって多いです。そもそも会話が(何故かどこかのタイミングで)大脱線してしまっている場合だってあります。うまく会話するコツは色々とあると思いますが、仕事などで大事な話がしたいときに、個人的には、①伝えたいことは違う言い回しを使って何度も言う、②ゆっくりとはっきりと話す、③謙虚な姿勢で話す、という3点を大切にしています。

食生活

イキケのスーパーにいくとお肉については日本のお肉屋さんのように透明のショーケースから選んだものを量り売りしてくれるのですが、魚介については冷凍で袋詰めされているものがほとんどです。チリといえばサーモンという印象が強かった私にとっては、サーモン刺身食べ放題の夢が叶わずがっかりでした。新鮮なお魚が欲しいときは市場に出かけることをお勧めします。魚介の種類が豊富ですし、たっぷり新鮮なウニだってお安く手に入ります。

ところで、これはあまり知られてないと思いますがチリではパンをよく食します。世界パン消費量ランキングでは堂々の2位にランクインすると言われています。レストランにいくとなんとお通しにパンがでてきます。UberEats掲載店舗の6割以上がハンバーガーやサンドイッチ・ピザ系の店なのではと思っています。私はもともとダイエットと健康に興味があり、グルテンフリーや加工肉フリーの食生活を心がけたりしていましたが、チリに来てパンとチョリソーのあまりの存在の大きさに戸惑いました。チリのソウルフード、チョリパンを食べる局面に立ったときには”Que sea primera y ultima vez”(最初で最後になりますように)と心の中で願ったものでした。(筆者はマヨネーズも大の苦手なのです。)

写真) 左3つ全てハンバーガーにみえるのは私だけでないと思いますが、実は全て名前が違います。

また、コーヒーをのみながらゆっくりできるカフェがイキケには足りていない、と個人的に思っています。コーヒー休憩できる場所といえばホテルのラウンジか、ガソリンスタンドぐらいです。これもステレオタイプですが、南米といえばコーヒー豆、おいしいコーヒーと思っていましたが、日本にいたときの方が断然、コーヒーへのこだわりがある人が多かったように思いました。一度街の食堂で朝食ついでにコーヒーを頼んだことがあるのですが、ウェイターに空のコーヒーカップと、ネスカフェのスティックコーヒー1つと、熱湯の入った水筒を渡され、目が点になったことを覚えています。チリへ赴任して間もなかったこともあり、まだまだ未熟だったなと思います。

コロナウイルスとロックダウン

イキケでは昨年5月にロックダウンが始まり、段階的な外出規制の緩和が始まるまで5か月かかりました。(今年に入り再びロックダウンとなりました。) イキケは、ペルー・ボリビア国境と近く、内陸国への貿易中継点ということもあり元から不法入国者が多いところですが、彼らがコロナウイルスを持ち込むケースもあるようで問題視されています。

ところで、チリは2019年の10月に、首都サンチャゴで地下鉄運賃の値上げが発表され、抗議デモや暴動が起きました。イキケにも派生したデモや暴動は頻発するようになり、一時期は夜間の外出禁止令が発令されました。コロナが蔓延する数か月前から、普通の生活が少しずつできなくなっていたのです。自由に外出できない生活は想像以上に窮屈で、もう1年以上も続いています。

先日ロックダウン中のルールが一部変わり、朝の7時から8時半は散歩や運動の目的で徒歩の外出をしていいということになりました。朝7時半にカーテンを開けて外をみると、朝霧の中、海岸沿いを見たこともない数の人がランニングしたり、家族連れで散歩したりしていました。どこの健康大国にきたのかと思う程でした。その異様な光景に市民のストレスを見た気がしました。

この1年以上、不便や不安が増えて気持ちが暗くなることも多かったです。ただ、まだ先は長そうですのでとにかく心と体の健康を第一に、無理なく生活していければと思っています。