連載エッセイ98:硯田一弘 「南米現地レポート」その19 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ98:硯田一弘 「南米現地レポート」その19


連載エッセイ95

硯田一弘 「南米現地レポート」その19

執筆者:硯田一弘(アデイルザス代表取締役)

「3月1日発」

今週からパラグアイでもCOVID-19ワクチンの接種が始まりました。

ロシアから輸入されたスプートニクV型ワクチン4000個の最初の接種者は永年国立病院に勤務する医療従事者、そして注射をしたのは現役の医師で感染医療の第一人者である保険大臣。

危険と隣り合わせでコロナ対策に従事していた女性が涙ぐんで大臣からのワクチン接種を受ける様子は感動を呼びました。新型コロナの感染者数は、ほぼ一直線で増加していますが、有症者数は昨年10月以降ほぼ横ばい、いわゆる医療崩壊の様な状態には陥っていません。マスク着用や手洗い消毒・検温の徹底が世界で一番厳しく実施されているパラグアイならではの、コロナ対策が奏功していると考えられます。

パラグアイのコロナ対策として、最近急激に浸透しつつあるのが非接触型の支払い=QRコードの導入です。昨年7月に導入され、半年経った1月には5千社以上が活用していて、今では火曜日の名物アグロショッピングという市場でも人気の支払い方法になりつつあるとのこと。QRコードは1994年に日本のデンソーが開発した読取コードですが、今やパラグアイではレストランのメニューにまで応用されていて、不特定多数の人が触るメニューを止めて、テーブルの上に置いたQRコードで提示する飲食店が急激に増えています。

それから、今日のニュースでは、コロナ禍でポケモンが人気を博しているとのこと。5年前に引っ越してきた当初、丁度ポケモンGoが出回り始めていて、同居していた次男が「アスンシオンの新居の近くでもポケモンが居る」と喜んでいたことを思い出しますが、今でもポケモン人気は上々なようです。
http://vos.lanacion.com.py/2021/02/28/pokemon-sigue-mas-vigente-que-nunca/

それと、先週から始まったバス乗車に際してのアイシーカード。

今やパラグアイの公共交通であるバスはこのカード無しでは利用できなくなっており、感染を防ぐためにあらゆる努力を惜しまない小国政府の姿勢は日本も見習うべきかも知れません。

「3月8日発」

先週、ロシア製vaccineが到着してパラグアイでもコロナ対策のワクチン接種が始まったことや、Mazzoleni保険大臣自らが医療従事者にワクチン注射を行う様子をお伝えしたばかりなのですが、今週はこれまでのコロナ対策に対する一部医療従事者が抗議デモを行い、週末にはデモの規模が拡大し、与党ANR本部前から大統領官邸 Mburuvicha Róga(ガラニ語で首長の家)にまで及んだ結果、Mazzoleni保険大臣が金曜日に辞任、続いて土曜日には大統領によって内務大臣・教育大臣・女性担当大臣の解任が発表されました。

ワクチンやその他衛生資材の確保が十分でないという一部病院関係者の指摘を政府の汚職問題として騒ぎ出したものにMazzoleni氏が嫌気して自ら職を辞したということの様です。前々から汚職の嫌疑が持たれていたり、コロナ禍の中の教育機能停止問題や多くの女性の生活苦問題に対する解決策を何ら提示せず、再開された学校のメインテナンス不足や対策資金不足等の諸問題を抱えていた教育大臣や女性担当大臣が、疑惑のデパートとも言われた内務大臣と一緒に葬り去られたと言える今回の更迭劇ですが、一連の更迭が発表される一日前に自ら職を辞したMazzoleni保険大臣の行動は、難破船=現政権からの緊急離脱という風にも読み取れます。

2018年に発足したMario Abdo Benítez大統領が率いる現政権は、当初から Benítez氏を当選に導いたお友達の論功行賞ともいえるお友達人事と揶揄された閣僚人事で、行政機能が大幅に低下していましたが、コロナ禍の様な特殊な事態を切り盛り出来る人材が不足して、国民の怒りと失望を買っていることは否めない事実。その中で、着実に衛生環境改善や感染予防対策を行ってきた現役医師のMazzoleni氏は数少ないマトモな閣僚と見られていただけに、今行われている抗議運動が無用な犠牲を強いたように感じます。また、昨日の抗議活動の映像を視ていると、「vencer o morir」(勝利か死か)という標語を掲げているデモ参加者の姿を見つけました。これは日本の明治維新の時期にパラグアイがブラジル・アルゼンチン・ウルグアイの三国を相手に戦った三国戦争の時の標語の様です。

しかし同時に、チャベス政権のベネズエラで強制的に接収された国営企業の至る所に「Venceremos! o Muerte!」というキューバ革命の標語が掲げられていたことを思い出させました。

キューバ革命達成の陰には、当時のソ連の支援があった訳ですが、今回パラグアイ各地で発生している騒動は、2017年3月末にIDB総会に乗じて当時のHoracio Cartes大統領の再選を廻る憲法改定議論の際に発生した国会議事堂焼き討ち事件と似た雰囲気を感じさせ、こうしたデモを動員する陰に、パラグアイの親米政権にダメージを与えて難破させ、新たに親中政権を樹立させようとする大陸の動きが垣間見えるように感じられます。その証拠の一つに、昨日チリから2万人分の中国製無償ワクチンが到着したことが報じられています。自国の感染拡大に歯止めがかけられない状態のチリが何故この時期に中国製ワクチンをパラグアイに無償提供してきたのでしょうか?因みに南米有数の装備を誇るチリ海軍の標語も”Vencer o Morir”。幸いにも、国民の多くは大統領官邸前の騒乱には同調せず、デモも極めて平穏に収束している様であり、パラグアイの穏健な国民性が遺憾なく発揮されたという印象をもたらす穏やかな週末です。

「3月15日発」

2月22日にパラグアイ初の衛星搭載ロケットが発射されたことをお伝えしましたが、今日はその衛星がJAXAの国際宇宙ステーションから放出されました。この快挙に駐日パラグアイ大使館のフロレンティン大使が祝辞を寄せています。

前回もお伝えした通り、この衛星の目的はパラグアイだけでなく熱帯地域全域で健康に害を為すシャーガス病の原因となるサシガメの分布状況を調べるもので、具体的な成果が挙げられれば、パラグアイだけでなく広く中南米全域の保健衛生環境の改善に繋がることになります。

先週末に発生したコロナ対策に抗議するデモは毎日続けられて一週間が経過しましたが、コロナ禍の状況はこれまでほぼ毎日1000人程度の新規感染者確認だったものが、この一週間は1700人程度に増えて病院の病床数も逼迫した事態を迎えています。ただ、相変わらず陽性となっても発症していない人達も多く、重篤な症状を示したり亡くなったりというケースは、隣国ブラジルと比較すると全く軽微な状態にあるとも言えるので、陽性者の増加という点のみを誇張して危機感を煽られるのではなく、冷静な感染予防の姿勢を維持することが肝要と思われます。コロナ禍も世界的な事態であり、今回の衛星実験の開始も、地球規模の宇宙的視点で各国が連携することの重要性を再認識させています。

今月は東北震災十周年ということで、当然のことながら東北の被災地にスポットライトが当てられて復興の現状を伝える報道が目につきますが、エクアドルでは標高5600mのSangay火山が噴火し、降灰が問題になっていた上、豪雨が発生して6人が死亡、35万人の生活に深刻な影響が出ている模様です。

その他最近のニュースとしてイタリアのエトナ火山の噴火やアイスランドでの群発地震も報じられていますから、今や自然災害は国境に関係なく、地球レベルで観測や予測を行うべきと考えられます。その意味で、今回の宇宙での実験開始のニュースも地味ながら日本とパラグアイが協力して世界に貢献する事業の始まりとして記憶頂けると幸いです。

「3月22日発」

今週はベネズエラの友人から厳しい現地の事情を知らせてきました。

産油国ベネズエラでは永年の軍政による管理能力不足で石油精製能力が大幅に落ち込んでおり、深刻な燃料不足が続いています。これによって、物流能力にも支障をきたし、回復しつつあった商品の流通にも暗い影を落としています。かつては日本円の百円相当で大型SUVの70リットルタンクを満タンにしてお釣りが来ましたが、今や1リットルの値段は国際相場並みの50円程度にまで上昇、しかも国産能力が大幅に低下して、ガソリンスタンドには毎日長蛇の列が並んでいるそうです。

今月から新たに発行された新札は最高額が百万ボリーバル。でも、米ドルとの換算では僅か47セント=50円ちょっと。(記事の時点では52セントでしたが、既に下落しています。)ベネズエラでなら日本の千円も二千万ボリーバルですから、気分はリッチになれますが、最高紙幣20枚分ですから、紙幣の持ち歩きは現実的ではないレベルにまで落ち込んでいます。銀行ATMは機能していますが、最高引出限度額が30万ボリなので、15円。多分機械の運営コストも出ないでしょうし、この額を引き出しても激安の公営バスに乗れる程度だそうです。

マドゥロ政権ではこうした事態に対応する為にデジタル通貨を普及しようと躍起になっているものの、これを利用するためのカードの入手も困難であり、市中では米ドル現金が主な決済手段になっているそうです。しかも、釣銭が無いので、スーパーなどではお釣りの代わりにクーポン券を発行して対応しているものの、インフレが激しいので、クーポンの価値は日に日に減額され、役に立たなくなっているのも実情。

パラグアイでもコロナ対策の医薬機器や薬品、設備が足りないことが問題になっていて、プロの扇動集団と思しきグループが放火や暴力に訴えて、本件を過大に捉えられるような動きを見せていましたが、毎日続く抗議デモも市民の関心が薄れてきており、こうした報道も視られなくなってきている状況です。

今日はアストラゼネカ社製のワクチン36千人分が到着したことが報じられました。モノの不足という点では、30年前には南米で最も豊かだったベネズエラが今や最も貧しい国に転落し、この厳しい状況はまだ暫く続きそうですが、コロナ禍による移動の制限は、世界の物流にも大きな影響を与えています。以前もお伝えしましたが、海上コンテナの運賃は世界各地で高騰しており、パラグアイから日本への運賃もコロナ前の3倍以上の高値になって、パラグアイ川の水位が戻って艀の運航が復活した今でも、料金は高止まったままとなっています。

「3月29日発」

今年もSemana Santa=聖週間=イースターが始まりました。

今日日曜日は始まりのDomingo de Ramos、直訳すると花束の日曜日ですが、英語ではPalm Sundayと言う様に、ヤシの日曜日。写真でお分かりの通り、ヤシの葉を編んだ飾りを飾って救世主の復活を祝うことになっています。

そのSemana Santa、普段なら大勢の善男善女が教会に集まり祈りを捧げている訳ですが今年も昨年同様、パンデミックの中での蜜を避けたオンラインでの集会となりました。いつもなら、道路の信号脇で多くのヤシの葉飾りが売られる光景を目にするのですが、昨日から再強化された外出規制の結果、今年は売り子の姿もあまり見られず、ひっそりと静かな聖週間の始まりとなりました。

下の写真は昨年のSemana Santaで司教がヘリコプターに乗ってアスンシオン上空から人々に祝福を与える様子、今年も来週の日曜日Domingo de Páscoaには同じように爆音上空を飛ぶヘリコプターを目撃できると思います。

本来なら救世主キリストの復活を祝う週であると同時に、一年で最も長い休みということで、長期の旅行に出向く人たちで道路も空港もごった返すのですが、今年は昨日から移動制限が再強化されたために金曜日までに移動を済ませ、多くの人達が自宅でひっそりと身体を休めることになったようです。

一方、日本でも報道されましたが、パラグアイでワクチン不足が伝えられ、旧市街でプロの騒乱屋主導でデモが続きましたが、ここにつけこんで中国が台湾との断交を条件にワクチンの提供を申し出るという暴挙に出ました。しかし、この申し出はデモ騒動も中国が焚きつけたものであることを裏付ける証拠となり、多くの国民の反発を買うことになったのみか、中国と対立するインドがワクチンの提供を申し出るという結果を招きました。
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4230274.html
台湾断交圧力はコロナ以前からあった訳ですが、コロナ禍が始まって以降、不良の医療品を送り付けたり、ワクチンで釣ろうとしたり、とあの手この手で自国寄り政策を取らせようとする中国です。しかし、見た目は美しいが長持ちしない花束作戦には見向きもせず、将来にわたって長く花を咲かせるような根のシッカリした外交関係を強化して欲しいと多くのパラグアイ国民が期待しています。