かつて産油国として、1980年代頃までは格差は大きかったもののラテンアメリカ随一の豊かな国と言われ多くの移民を受け入れ繁栄したベネズエラだが、今は経済、社会の混迷により疲弊し、400万人とも見られる国外脱出者が出てその面影は全く無い。奇しくも本号では、データに拠って破綻に至った経緯を冷静に解明しているベネズエラ専門家による『ベネズエラ -溶解する民主主義、破綻する経済』の紹介も載せているが、それに対し本書はラテンアメリカを専門とする、ベネズエラの見方の立ち位置も異なる7人の研究者が、反米/親米、保護主義/開放主義、格差是正/経済発展優先をそれぞれの視座で主張しながら、自身の専門分野から現代ベネズエラを学際的に論じたものである。
「《人の移動》から読み解く現代史」では移民送出国への歴史・構造的要因を探り、「他のラテンアメリカ諸国との共通性と相違点」ではチャベス政権前後の展開を他国の左右政権と比較し平等だけでなく自由とバランスが課題と示唆、続く「比較の視座 1999年憲法改正」はエクアドルとの比較でチャベス政権の危機の原因はこの憲法改正に有ったと指摘している。一般的なこれまでのベネズエラ観に対し、チャベス、マドゥーロ政権を支持する立場から国際報道の信憑性に疑義を呈した「何が真実か?」と、危機の原因は二代政権の経済失政よりも産業構造の多様化の失敗とともに米国経済封鎖が主因との異論紹介も載せていて、最後にブラジル左派ルーラ政権のチャベス政権との連帯、メキシコ外交の基本の一つである不干渉主義の意義を総括として取り上げている。
これらの論考を通して読んでも、現政権が主張する負の要因を是とし、米欧の制裁・干渉を止めさせれば、国民が対話に依って状況打開へ歩み寄ることに繋がるのかは疑問無しとしないが、敢えて様々な主張を1冊で見ることが出来るという意義は大いにある。
〔桜井 敏浩〕
(明石書店 2021年3月 255頁 2,600円+税 ISBN978-4-7503-5173-5)
〔『ラテンアメリカ時報』 2021年春号(No.1434)より〕