『増補 エル・チチョンの怒り -メキシコ近代化とインディオの村』 清水 透 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『増補 エル・チチョンの怒り -メキシコ近代化とインディオの村』  清水 透 


 メキシコ最南端チアパス州のチャムーラ村はマヤ系先住民の村である。ラテンアメリカ社会史・オーラルヒストリーを長く専攻してきた著者は、1979年からロレンソ一家と親交を結び、メキシコ革命から今日に至る近代化の激動の中で翻弄されてきた共同体と一家の姿を、圧倒的な力をもつ外部世界とのせめぎ合いという視点から、歴史、宗教、社会生活、そして政治行動など多面的に分析し、彼らが如何に一方的に押し流されるのではなく主体的に自分たちのアイデンティティ再編を強めてきたかのを明らかにしようとしている。
 本書の初版は1988年に東京大学出版会の『シリーズ 新しい世界史』の第10巻として刊行されたもので、本書の第Ⅰ部はほぼそのまま再録されているが、増補版では1970年代に始まる激変の象徴として、ロレンソ一家の若い世代の者を含む多くのマヤの民が危険な砂漠を越えて米国に越境する姿、そこから帰る者、残る者の問題と、2019年現在のロレンソ一家の今を紹介している。
 一家の“ミクロな歴史”をメキシコの“近代化”の歴史に逆照射し、近代西欧的な価値感での歴史観に組みすることも古きよき“共同体”を美化することもなく、これまで語り継がれてきたマクロの歴史の実態を見ようとした優れた歴史物語。

〔桜井 敏浩〕

(岩波書店(岩波現代文庫/学術427) 岩波書店 2020年12月 401頁 1,620円+税 ISBN978-4-00-600427-9 )
 〔『ラテンアメリカ時報』 2021年春号(No.1434)より〕