著者は、日本で現代ベネズエラの政治・経済研究の第一人者であるアジア経済研究所の主任調査研究員。長期にわたって二大政党制による民主主義と豊富な石油資源によって南米で最も豊かな国であったベネズエラ。1999年に選挙でウーゴ・チャベスが大統領に就任し、キューバとの関係を緊密化、2002年4月の政変を乗り越え、国会の自派による全議席獲得、主要産業の国有化断行、潤沢な石油収入を使って支持者層と近隣国へのばらまきによって人気を得、権威主義体制を深めてきていたが、二期目に就任してまもなく2013年2月にガンで死亡した。マドゥーロ副大統領が昇任し、チャベスなきチャビスモを標榜し政策も継承したが、二代にわたって際限ない財政支出拡大によるインフレ、経済活動への国家介入拡大、経済破綻によって食料供給・医療制度も崩壊、治安は悪化の一途を辿り、400万人以上が国外に脱出した。
この惨状は、国際石油価格の下落、米国の経済制裁があったのは事実だが、著者はチャベス時代に採られた政策に起因しており、その政策に執着したマドゥーロによって拡大したと見て、経済悪化は石油下落、経済制裁以前からすでに始まっていたことを、チャベス政権誕生以降、現マドゥーロ政権に至るまでの政策を詳細に分析し、データを解明している。本書は、チャベスが政治的閉塞感と政治不信を生んだ二大政党制民主主義に対するものとして標榜したボリバル革命が幻想に終わり、マドゥーロ政権下では選挙はチャベス派が勝つ出来レースとなり、市民の参加型民主主義は政権を支持しない者は排除され、権威主義体制に堕した国内の政治・経済の破綻の道筋を明らかにし、終章で国際社会のなかでのチャビスモ外交、それを支えたキューバ、中国、ロシア、さらにトルコやイラン、北朝鮮の存在とそれぞれの思惑にも言及している。危機の原因は石油価格下落や米国の制裁が本格化する前のチャベス期にすでにあったことを、現代のベネズエラ情勢の基本となる経緯、政治・経済の仕組み、それらから生じた起承転結を、主義主張から距離を置いて冷静な分析を行うことによって説得力をもって明らかにしている。
〔桜井 敏浩〕
(中央公論新社(中公選書)2021年1月 289頁 1,700円+税 ISBN978-4-12-110115-0 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2021年春号(No.1434)より〕