『麻薬と人間 100年の物語 -薬物への認識を変える衝撃の真実』 ヨハン・ハリ - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『麻薬と人間 100年の物語 -薬物への認識を変える衝撃の真実』  ヨハン・ハリ 


 米国で1914年にヘロイン、コカイン等の麻薬を禁止して以来ハリソン法が制定され、連邦麻薬局、麻薬販売ギャングと、富裕層、著名人から貧困者に至るまでの需要者を挟んでの麻薬戦争が起きた。ギャングの新たな資金源として麻薬が注目され、アイスリンガー麻薬局長官は麻薬中毒の蔓延は共産主義者の陰謀と理屈付けてタイ等各国に米国の麻薬政策を押しつけた。ギャングはアルコールと並んで税金のかからない産業として、警察を買収し海外の麻薬カルテルと手を結びマーケットを広げた。麻薬密売人を逮捕してもそれらの穴を埋めるキャングはいくらでもおり、警察が関わるほどに巻き添えも含め殺人犯罪も増えるので、かつての禁酒法廃止のように麻薬取引を合法化し規制することこそ、犯罪を減らす方法と語る現場の警察官たちもいる。
 麻薬戦争の最前線の事例として、米国の刑務所内での依存症者の扱い、メキシコの麻薬カルテルの手から奇跡的に生き延びて刑務所にいる殺し屋から聴く残酷な内幕、メキシコの麻薬戦争のただ中の陰惨な日常生活の様子を挙げ、それらは米国から押しつけられた麻薬政策の結果だと著者は思うようになってきた。動物も麻薬を求める、依存症になる根本原因は精神の状態にあって薬物が原因でないという科学的事実の不都合を踏まえて、麻薬との戦争から平和的共存に向けての取り組みとしてカナダ、英国、スイスで依存症者に麻薬を処方する試み、ポルトガルでの少量の麻薬所持と使用を「非犯罪化」する試み、ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領の大麻の合法化の決断を紹介しているが、一方でその限界も指摘している。
 本書は麻薬戦争に膨大な費用をかけて処罰や隔離しても解決せず、その資金は乳幼児、児童の福祉や教育に充てるべきと主張している。巻末の日本語版への補章で日本は強権に依らずして薬物禁止の取り組みが最も成功した民主制国家の一つと評価し、日本に古来からの伝統として大麻文化があったこと、医療用としての大麻解禁の主張が出ていることに言及しつつ、最も売れている違法薬物が覚醒剤であるという特異性とともに、依存者の増大はそれを必要としてしまう社会事情-アルコールと向精神薬に寛容と指摘していることは考えさせられる。著者は1979年英国生まれのジャーナリスト、世界各所で取材し実に多数の関係者にインタビューしている。

〔桜井 敏浩〕

(福井昌子訳 作品社 2021年2月 501頁 3,600円+税 ISBN978-4-86182-792-1)

〔『ラテンアメリカ時報』 2021年夏号(No.1435)より〕