連載レポート69: 桜井悌司「ラテン好きのためのリベラルアーツ・シリーズ」その8「ラテンアメリカの著名ボクサーたち」 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載レポート69: 桜井悌司「ラテン好きのためのリベラルアーツ・シリーズ」その8「ラテンアメリカの著名ボクサーたち」


連載レポート 69

ラテン好きのためのリベラルアーツ・シリーズ その8
ラテンアメリカの著名ボクサーたち

執筆者:桜井 悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)

 シリーズ第9回目として、「ラテンアメリカの著名なボクサー」を取り上げることにした。筆者は個人的にボクシングが好きで、小さいころ兄に連れられて、ボクシングの試合を何回か見に行った経験がある。また最初の駐在地が、ボクシング大国のメキシコだったこともボクシングにはまってしまった理由でもある。

世界のプロボクシングを見渡すとラテンアメリカのボクサーが大いに健闘していることがわかる。現在世界のプロボクシング界では、WBC、WBO、IBF、WBOの4団体が共存しており、ヘビー級からミニマム級まで17の階級がある。2021年初めの時点において、ラテンアメリカ出身のチャンピオン(スーパー、レギュラー、暫定、ダブリを含む)の数は24名に達する。国別にみると、メキシコ13名、キューバ4名、ベネズエラ2名、ブラジル、パナマ、ニカラグア、ドミニカ共和国、プエルトリコがそれぞれ1名ずつになっている。

この「ラテン好きのためのリベラルアーツ・シリーズ」では、ウイキペデイアを参照しながら、筆者の知識・経験も加え、印象に残ったラテンアメリカ主要国の有名ボクサーにつき紹介してみたい。ちなみにメキシコ7名、ベネズエラ3名、パナマ3名、ニカラグア2名、コロンビア1名、キューバ5名、アルゼンチン3名、ブラジル1名、ドミニカ共和国1名、プエルトリコ4名の合計30名の名ボクサーを取り上げた。まだまだ不十分な内容なので、追加情報があれば歓迎する。この程度の知識があれば、ラテンアメリカの人々ともボクシング談話が十分に可能となろう。

「メキシコの有名ボクサー」

*ビセンテ・サルディバル(Vicente Saldiívar)
 1943年~1985年 40戦、37勝(うちKO26回)、負け3回。1964年、キューバのシュガー・ラモスに判定勝ちでWBA/WBCフェザー級王者になり、7回防衛。日本の関光徳とは2回闘い、判定勝ち、TKOで勝利している。柴田国明とは、12回終了棄権により、WBCフェザー級タイトルを失った。「メキシコの赤い鷹」という異名を持っている。世界ボクシングの殿堂入り。

*ルーベン・オリバ―レス(Ruben Olivares)
1947年~    104戦88勝〈内77KO〉,負け13回、引き分け3回。1969年、WBA/WBC世界バンタム級王者。2度防衛するがその後は王者陥落、再度獲得を繰り返す。その後、WBAとWBC世界フェザー級王者となり、2階級制覇王者となる。1971年には愛知県で金沢和良と防衛線を行い、「世紀の死闘」の末、KOで勝利した。1974年には、WBA世界フェザー級王者決定戦で、歌川善介を7回KOで勝利し、2階級制覇を成し遂げた。世界ボクシングの殿堂入り。

*カルロス・サラテ(Carlos Zárate)
1951年~     70戦66勝(うちKO63回)、負け4回
 デビュー戦から23戦全KO勝ち、引き分けをはさみ、39銭まで全KO勝ち。
 1976年WBC世界バンタム級王者、9度防衛。76年には、当時メキシコで人気を2分していたWBA世界バンタム級王者のアルフォンソ・サモーラ(当時29戦29勝29KO, 世界ボクシングの殿堂入り)とノンタイトル戦で闘いKO勝ちした。当時、メキシコ駐在であった私は、テレビで手に汗を握りながら観戦した。1978年にはWBCスーパーバンタム級王者のウイルフレド・ゴメスと戦ったが、5RKO負けを喫し、2階級制覇を果たせなかった。世界ボクシングの殿堂入り。

ルペ・ピントール (Lupe Pintor)
 1955年~   72戦66勝〈内KO42回〉、負け4回、引き分け2回
 1979年に、メキシコのカルロス・サラテに15R判定で勝利し、WBAバンタム級王者になり、8回防衛。1982年、プエルトリコのウイルフレド・ゴメスに14RTKOで敗れる。世界ボクシングの殿堂入り。

*ホセ・クエバス(José Cuevas)
1957年~   50戦35勝〈内KO31回〉、負け15回
 1976年、アンヘル・エスパダにKO勝、WBA世界ウエルター級王者。初防衛戦は、日本の辻本章次でKO勝ち、その後11回防衛。通称PEPINO(胡瓜)、米コックのトーマス・ハーンズにKO負けで王座を失う。世界ボクシングの殿堂入り。

*フリオ・セサル・チャベス(Julio César Chávez)
 1962年~  116戦108勝(うちKO87回、負け6、引き分け2回。
本WBCスーパーフェザー級王者(9度防衛)、元WBA・WBC世界ライト級王者、元WBCスーパーライト級王者〈12回防衛〉。ボクシング界のシーザー(El César del Boxeo)と呼ばれた。パナマのロベルト・ドゥラン、ニカラグアのアレックス・アルゲーリョと並びラテンアメリカのボクサー界のスーパースター。米国のオスカル・デ・ラ・ホーヤには2回、KO, TKOで敗戦している。世界ボクシングの殿堂入り。

*サウール・アルバレス(Saul Alvarez)
 1990年~   57戦54勝うちKO54回)、負け1、引き分け2.
現在最も注目されている現役ボクサーの1人。ニックネームはカネロ(しなもん) 現WBA/WBCスーパーミドル級王者、4階級制覇王者。元WBA・WBC・WBO世界スーパーウエルター級王者、IBF世界ミドル級王者、WBO世界ライトヘビー級王者。最も注目された試合は、2015年のミゲール・コット(プエルトリコ)と対戦し、12回判定勝ちでWBC世界ミドル級王者となった試合である。また2017年、18年には、世界最強と言われたカザフスタンのゲンナジー・ゴロウフキンと2回闘い、引き分け、判定勝ちを納め、WBAスーパーライト級王者、WBC世界ライト級王者となった。彼の試合は、ペイ・パー・ビューで放映されるが、視聴者が100万件を超える試合が4試合もあった。Forbes Japan誌の2021年9月号によると、サウールは、2019年には9,200万ドル稼いだと報じられている。

「ベネズエラの著名ボクサー」

*ベツリオ・ゴンサレス(Betulio González)
1949年~   93戦77勝〈内KO52回)、負け12回、引き分け4回。
 元WBCフライ級王者(1回目は防衛1回、2回目は防衛2回)、元WBAフライ級王者(防
衛3回)日本選手との試合が多く、大場政夫とは判定負け、小熊正二とは4回闘ってお
り、判定負け、判定勝ち、引き分け、KO勝であった。

*エドウイン・バレロ(Edwin Valero)
1981年~2010年 27戦27勝(KO27回)というパーフェクト・レコードの持ち主でDINAMITA(ダイナマイトの異名を持っている)コカイン、飲酒、交通事故等でニューヨーク州のライセンスが得られず日本の帝拳に所属、日本を舞台に活躍。2006年、WBA世界スーパーフェザー級王者、4回防衛後、ライト級に転向。日本の本望信人や嶋田雄大にKO勝ちを納めている。家庭内暴力で母親や姉妹に暴力を加えて逮捕されたり、最後には妻を殺害し、自殺した。

*ホルヘ・リナ―レス (Jorge Linares)
1985年~   51戦46勝(うちKO),負け5回。ゴールデンボーイ(El Nino de
oro)という異名。17歳の時に訪日し、帝拳に入門。元WBC世界フェザー級王者、元WBA
スーパーフェザー級王者、元WBC世界ライト級王者と3階級を制覇した。現在は村田諒
太のトレーナーを務めている。日本の荒川仁人を判定で退けている

「パナマの著名ボクサー」

*イスマエル・ラグーナ(Ismael Laguna)
 1947年~   75戦65勝(うちKO37回)、負け9回、引き分け1回。
 WBA,WBCのライト級王者に4回。内3回は初防衛戦で敗退。唯一日本のガッツ石松を退けている。世界ボクシングの殿堂入り。

*ロベルト・ドゥラン(Roberto Durán)
 1951年~
 パナマで最も有名なボクサー。119戦103勝(90KO)敗戦16。WBA・WBCライト級統一チャンピオン。石の拳(Mano de Piedra)と呼ばれた。日本の小林弘やガッツ石松をKOで倒している。当時シュガー・レイ・レナード、マーヴィン・ハグラ―、トミー・ハーンズ等が輩出し、エクサイテイングなボクシングを繰り広げた。世界ボクシングの殿堂入り。

*エウセビオ・ペドロサ (Eusebio Pedrosa)
 1956年~2019年  49戦41勝(うちKO25回〉負け6回、引き分け・無効試合2回。1978年にWBA世界フェザー級王者になり、以後7年間に19回防衛を果たした。日本のロイヤル小林、スパイダー根本も退けている。世界ボクシングの殿堂入り。

「ニカラグアの著名ボクサー」

*アレックス・アルゲーリョ(Alexis Arguello)
 1952年~2009年 ニカラグア初の世界王者。90戦82勝〈内KO65回〉負け8回。1974年、メキシコのルベン・オリバ―レスをKOし、フェザー級のタイトルを獲得、その後、スーパーフェザー級、ライト級のタイトルを獲得し、3階級制覇を遂げた。日本のロイヤル小林にもKO勝ちしている。その後政治家に転出し、マナグア市長にも就任するが、2009年、マナグアの自宅で死亡。死亡原因は不明。世界ボクシングの殿堂入り。

*ロマン・ゴンサレス(Román González)
 1987年~  ニカラグア初の世界4階級制覇。51戦49勝(うちKO41回)、負け2。元WBAミニマム級、元WBAスーパーフライ級、元WBCフライ級、元WBCスーパーフライ級王者。現スーパーフライ級スーパー王者。帝拳所属。
チョコラティート(Chocolatito)のあだ名で呼ばれる。強いアッパーカットはアルグエ
リョの指導によるものと言われている。日本の高山勝成や八重樫東も退けている。

「コロンビアの著名ボクサー」

*ロドリゴ・バルデス(Rodrigo Valdés)
 1946年~2017年 元WBA-WBC世界ミドル級王者。73戦63勝〈内43回KO〉,敗戦8回、引き分け2回。
 1974年、アルゼンチンのカルロス・モンソンの王座はく奪に伴う王座決定戦でKO勝。その後4回防衛なるも、復帰したカルロス・モンソンに2度敗戦。モンソン引退に伴い、WBA-WBC統一王者戦に勝利し、統一チャンピオンになるが、防衛ならなかった。

「キューバの著名ボクサー」

*ホセ・ナポレス(José Nápoles)
 1940年~2019年
 キューバの元プロボクサーで、1970年代のリングを代表する王者。WBA・WBC世界ウェルター級統一王者。キューバ革命を機にメキシコへ亡命、その強さから世界王者たちに敬遠され、長く無冠の帝王として畏怖された。技巧と強打を併せ持ち、卓越した防御技術と鋭いコンビネーション・ブローで王座を2度獲得、通算13度の防衛を成し遂げた、世界ボクシングの殿堂入り。

*シュガー・ラモス(Sugar Ramos)
 1941年~2017年  元WBA・WBC世界フェザー級王者。66戦55勝(うち40回KO),負け7回、引き分け4回。殺人パンチャーと呼ばれ、2人のボクサーを死に追いやった。1963年、WBA・WBC世界フェザー級に挑戦、デビー・ムーアにTKO勝で王者になる。翌年初防衛戦で関光徳を6回TKOで退ける。64年4度目の防衛でメキシコのビセンテ・サルデイバルと対戦し、途中棄権で敗戦。世界ボクシングの殿堂入り。

*テオフィロ・ステベンソン (Teofilo Stevenson)
 1952年~
 キューバのアマチュアボクサー。1972年、1976年、1980年のオリンピックで3連勝。1984年のロス・オリンピックにはキューバが参加しなかったため、4連勝はならなかった。無敵の王者でプロへの誘いもあったが、祖国と家族への愛で断った。後にヘビー級王者になった3名にも勝利している。

*フェリックス・サボン(Felix Savon Fabre)
1967年~。アマチュア・ボクサー。387勝21敗。92バルセロナ、96アトランタ、2000シドニーのオリンピックのヘビー級で金メダル。86,89,92,93,95,97年の世界ボクシング選手権でヘビー級金メダル。アテネ・オリンピックでは代表のトレーナーを務めた。ニックネームは最高のリーダー(Lider Maximo)。

*ギジェルモ・リゴンド―(Guiellermo Rigondo)
 1980年~ 22戦20勝〈内KO13回〉、負け1回、向こう試合1回。
 現WBA世界バンタム級王者、元WBA・WBC世界スーパーバンタム級スーパー王者、2000年シドニー及び2004年アテネのオリンピックで金メダル獲得。メキシコに亡命。

「アルゼンチンの著名ボクサー」

*パスカル・ペレス(Pascual Pérez)
 1926年~1977年
 1946年ロンドンオリンピックで金メダル。その後プロに入り、1954年、白井義雄と対戦し、世界フライ級王座を獲得、9度防衛。白井義雄とは2回、矢尾板貞雄とは1勝1敗、米倉健志とは2勝している。日本とは馴染の深いボクサーである。当時ラジオの短波放送でブエノスアイレスのルナパークから中継放送があり、懐かしい思い出である。世界ボクシングの殿堂入り。

*カルロス・モンソン(Carlos Monzon)
 1942年~1995年
 102戦89勝(うちKO61回)負け3、引き分け9.1070年ミドル級王座を獲得以来14度の防衛。1971年にはウエルター級・ミドル級の2階級制覇の米国のエミール・グリフィスをTKO。女性関係が派手で1973年、妻に足を撃たれ大手術。その後、離婚、再婚を繰り返すが、家庭内暴力等で投獄された。世界ボクシングの殿堂入り。

*オラシオ・アカバ-ジョ(Horacio Acavallo)
 1934年~     元WBA・WBC世界フライ級王者。83戦75勝〈内34回KO〉,負け2回、引き分け6回。
 1966年3月、空位のWBA・WBC世界フライ級王座決定戦で高山勝義と対戦15回判定勝ち。同年7月には、初防衛戦で海老原博幸と対戦、15回判定勝ち。その後もう一度海老原と対戦し、退けている。1968年王座を返上し、引退。

「ブラジルの著名ボクサー」

*エデル・ジョフレ(Eder Jofre)
 1936年生まれ。世界バンタム級チャンピオン、WBC世界フェザー級チャンピオンで2階級制覇。黄金のバンタム(ガロ・デ・オウロ)と呼ばれた。78戦72勝(内50回KO)負け2回、引き分け4回。2回の敗戦相手は、日本のファイテイング原田である。当時、メキシコのホセ・メデル、原田、ジョフレとの闘いは手に汗を握る感があった。世界ボクシングの殿堂入り。

「ドミニカ共和国の著名ボクサー」

*カルロス・テオ・クルス(Carlos Teófilo Cruz)
1927年~1970年。元WBA・WBC世界ライト級王者。58戦43勝(内KO14回)、負け14回、引き分け2回。プエルトリコのカルロス・オルテイスに予想に反して勝利、1回防衛を果たしたが、米国のマンド・ラモスに敗戦。1970年、航空事故に巻き込まれ死亡。

「プエルトリコの著名ボクサー」

*ウイルフレド・ゴメス(Wilfredo Gómez)
 1956年生まれ。元WBC世界スーパーバンタム級王者、元WBC世界フェザー級王者、
元WBC世界スーパーフェザー級王者、世界3階級制覇王者。48戦44勝〈内KO42回)、
負け3、引き分け1.世界戦17連続KO防衛で有名。1回の敗戦は、メキシコ人ボクサ
ーのサルバドール・サンチェス。世界ボクシングの殿堂入り。

*エクトル・カマチョ(Hector Camacho)
1962年~2012年 世界3階級制覇王者、87戦79勝〈内KO38回)負け5回,
引き分け3回。1983年、WBCスーパーフェザー級王者、1985年、WBCライト級王
者、1989年、WBOスーパーライト級王者、その後2回防衛。2012年、銃撃事件で
脳死状況になり死亡。

*カルロス・オルテイス(Carlos Ortíz)
 1936年~    WBAスーパーライト級王者(2回防衛)、WBAライト級王者(1回目4度防衛、2回目5度防衛) WBCライト級王者。70戦61勝〈内30KO〉,負け7回、引き分け1回。日本フェザー級王者の高山一夫や日本ライト級王者の小坂照男も退けている。最後は、ドミニカ共和国のカルロス・テオ・クルスに判定負けを喫する。世界ボクシングの殿堂入り。

*ミゲール・コット(Miguel Cotto)
!980年~    47戦41勝〈内KO33回〉負け6回。プエルトリコ発の4階級制覇王者。元WBO世界スーパーライト級王者、元WBA・WBC世界ウエルター級王者、元WBA世界スーパーウエルター級王者、元WBC世界ミドル級王者等。ライト級で6回防衛、ウエルター級で4回防衛。スーパーウエルター級で2回防衛。有名な試合としては、2015年、メキシコのサウル・アルバレスとの試合で判定負けしたが、ファイトマネーは1,500万ドルであった。またペイ・パー・ビューでも米国のフロイド・メイウエザー戦とフィリピンのマニー・パッキャオ戦では、100万件を超える売り上げがあった。

以    上