現代メキシコを代表するといわれる女性作家の短編集。メキシコ、パリ、コペンハーゲンを舞台にした 5編に共通するのは生物をモチーフとしていることである。
メキシコシティの住宅地の中産階級の家を舞台にした「ゴミ箱の中の戦争」は、メキシコの大学で生物学、昆虫を専門するぼくは、少年時代両親の不仲から伯母の家に預けられたが新しい環境に馴染もうとしなかった。ある時台所で一匹の巨大なゴキブリを見つけ踏み潰したところ、その家の女中のイザベルの母は「今にゴキブリの仲間が侵入してくる」と予告、実際に大量のゴキブリが入り込んで起きた。様々な殺虫剤を試みたが効果はなく、食べ物を出さぬよう気を付けたがゴキブリは数を増す一方だった。市場の昆虫食からヒントを得てゴキブリを食べることを思いつき、伯母たちと実行に移すと目に見えてゴキブリは減ってきた。その時母が伯母の家を訪れたが、ぼくを迎えにきたのではなく、母は入院してしまい一人部屋に籠もったぼくの側にいてくれたのは、どこへ行っていいかわからず怯えている親を亡くした小さな一匹のゴキブリだけだったというこの物語は、少年の母との辛い別れ方の悲しみを生き物を借りて著者が表現することにあったのではないだろうか。日本で初めて紹介された女性作家の紡ぐ物語は、ラテンアメリカ文学にありがちな難解さはなく、親しめる佳品ばかりである。
〔桜井 敏浩〕
(宇野和美訳 現代書館 2021年8月 159頁 2,000円+税 ISBN978-4-7684-5905-8 )