メキシコ北西部のシロアカン州生まれのルシアは、北米を目指した兄を麻薬組織に殺され、アカプルコで働いた時の同僚のペルー女性の薦めで川崎に来て、暴力団幹部土方との間に男児コシモ(小霜)を産んだが、育児放棄されたコシモは木彫り細工に没頭する体格・腕力だけがずば抜けた少年に育ったものの、13歳の時に親子喧嘩で両親を殺め少年院に送致され、17歳で退所後は表向きは両親と離れた子どもの救済を謳うNPOの世話でナイフ工房で働くことになり、ペルー日系人パブロの弟子となる。
一方、メキシコでアステカ王国の神官の末裔と教えられた少女リベルタは、アステカの神への信仰を隠しもちつつベラクルスの白人の貿易商に見初められ結婚したが、息子の代に麻薬取引に手を出しカルテルに殺されると4人の孫は復讐を誓い対抗組織に入って殺戮を繰り返し報復、自分たちの新カルテルを誕生させたが、敵対カルテルのドローンを使った爆撃で妻子もろとも謀殺され、ただ一人生き延びたバルミロだけは密航して脱出、インドネシアのジャカルタまで逃れた。ペルー出身の調理師と称してコブラサテ(蛇串焼き)の屋台を出し裏でクラックを商って都市の闇に潜りこんでいると、日本人のタナカという、実は臓器売買のコーディネーターを務める外科医崩れの末永と知り合い、共に日本に潜入してインドネシアの大型クルーズ船上で密かに臓器移植を行う闇組織に日本の無国籍の子どもの臓器を売り渡すビジネス組織を立ち上げる。大田区の寺の地下に造られたシェルターに子どもたちを連れてくるのだが、その一連の仕事を暴力団や捜査機関から守るために特技をもつ道具、殺し屋を育成することとし、パブロもコシモもその犯罪組織に組み込まれていく。この臓器移植ビジネスを仕切る暴力団、香港マフィアとの凄まじい暴力の応酬、闇ビジネス組織内の裏切りがあり、真相を知ってしまい臓器摘出を受ける少年を救おうとするNPOの女性職員矢鈴などが絡み、最後はバルミロとコシモの対決に至る。
メキシコそして日本での殺戮の目を背けるような残忍な殺し方、心臓の取り出し、首の切り取りなどは、それ以前のアステカの神話に基づく儀礼と説明され、表題の「テスカトリポカ」はナワトル語で煙をはく鏡、すなわち皆既日食を表す神の名で、リベルタも黒曜石を磨いた鏡を大事にし、バルミロにもしっかりと伝えていた。アステカの神話の啓示を軸に織り込んだ長編サスペンスで、ところどころ難解な部分もあるが一気に読ませる直木賞受賞作の著者の力量はさすがである。
〔桜井 敏浩〕
(KADOKAWA 2021年2月 559頁 2,100円+税 ISBN978-4-04-109698-7)