連載レポート76:富田眞三 「コロナ禍のメキシコは米国観光客のオアシス」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載レポート76:富田眞三 「コロナ禍のメキシコは米国観光客のオアシス」


連載レポート77

「コロナ禍のメキシコは米国観光客のオアシス」

執筆者:富田 眞三(在テキサスブロガー)

早いもので11月第四週の木曜日(25日)は、米国民にとって最も大事な祝日である、感謝祭である。この日、米国では家族友人たちが集まって、ターキーとかぼちゃパイを食べて祝うのがアメリカの習慣である。例年、学校は月曜から休みになるので、民族大移動と言われるほど、5000万ものアメリカ人が故郷の家族を訪ねて空路、陸路で旅する週でもある。去年はコロナ禍の影響で、多くの州は大移動の自粛を要請、普段一緒に住んでいる、近親者だけで感謝祭を祝うように通知を出した。その結果、去年の民族大移動は例年の半分に減少した。

  昨年の民族大移動の悪影響は甚大だった。米政府の発表によると、去年の11月の新規コロナ感染者は400万に増大、累計数は1,300万人に達した。10月の新規感染者は187万人だったから、倍増したことになる。1ヶ月で400万は1日13万人である。そしてコロナによる死者数は12月中旬(2020年)に30万を超えたのだった。従って、日本のコロナ禍はさざ波程度に過ぎないのだが、専門家とマスコミは「この世の終わり」であるかのように大騒ぎするのは、浦島太郎である私には理解できない。だが、日本にも真の専門家はいるのだ。「食の安全・安心財団」の理事長である、東大名誉教授・唐木英明氏は次のように語っていた。「欧米の専門家たちは、日本の感染者数が欧米の数十分の1から100分の1であることを、“ジャパンミラクル”と呼んでいる。ところが、日本だけがそれを分かっていないのです」。なお、同教授はテキサス大学で研究活動を行った経歴の持ち主で、海外事情に詳しいのである。

休暇シーズンはメキシコのビーチへ行こう


写真:(https://gfny.com/cozumel)

 
さて、ハロウイーンと感謝祭の次は「黒い金曜日」。そしてクリスマスの休暇シーズンに入る。コロナ禍がなかった例年ならば、多くのアメリカ人はカリブ海諸国や隣国のメキシコのビーチに出かけるのである。ところが、昨年はご承知のように暖かいビーチがある、国々も米国からの観光客を拒否はしないまでも、様々な規制、例えば入国後2週間のクアレンティンの義務化等が課せられたため、海外での休暇を諦めかけた人々が多かった。ところが、メキシコだけは「外国人旅行客」への規制を設けていないことが、瞬く間に米国中に知れ渡った。こうして、作年の年末休暇シーズン中からメキシコは北米の観光客のオアシスになった。世界観光機関(UNWTO)によると、2020年は世界の観光事業にとって観光客が10億人減少した史上最悪の年であり、この数字は前年比74%減だったことを示している。


表:メキシコ国観光省作成

上の表は2020年と前年の世界の外国人旅行客数を比較したものだが、メキシコは前年の7位からスペイン(2位)、米国(3位)を抜いて3位に躍進した。他の観光大国が70%以上の減少となったのに対し、メキシコは45%減に止まったからである。メキシコ観光省長官のミゲル・トルコ氏は同国の旅行客数ランキング上昇はコロナ禍による一時的なもので、コロナ禍が収まれば、元に戻ることになる、と冷静に受け止めている。では、他の観光大国が70%もの観光客減少になったにもかかわらず、メキシコが45%減に止まることが出来たのは、何が原因だったのか。

メキシコがオアシスになった訳


写真:(www.citybook.pk)

 メキシコ観光省の広報局長のグスターボ・アルメンタは、コロナ禍の2020年もメキシコが国際便を平常通りに運航したことを第一の理由に挙げている。もちろん、メキシコの観光資源の魅力は他国に比べても遜色のないものだが。第二の理由は、美しいビーチを持つ、多くのカリブ海諸国が国際線の運航停止もしくは減便したこと。同時に入国に際して、各種の規制措置をとったことである。第三の理由は、メキシコは外国人の入国に際して、各種の規制、PCR検査証明書の提示、クアレンティンの実施等を一切要求しなかったことを挙げた。2020年から現在まで、ラテンアメリカ諸国中、国際便の平常運航と入国に際してのクアレンティン不要を継続したのはメキシコとニカラグアだけである。

 米国の旅行社大手のトラベル・リーダーズによると、この規制緩和、否規制無しが多くの米国人をメキシコに向かわせる原因になった、と語っている。特に昨年12月、メキシコのカリブ海に面する、カンクンとコスメルは最も外国人観光客に人気のあるスポットになった。2020年、メキシコに入国した外国人旅行者の65%がアメリカ人で二位のカナダ人は12%を占めた。この数字には驚いた。何故ならコロナ以前のメキシコ、特にカリブ海のビーチはヨーロッパ人のビジターの方がアメリカ、カナダ人より多いのが当り前だったので、コロナ禍によってヨーロッパからの観光客が激減したことが分かる。欧州の人々はメキシコでのコロナ感染を恐れたのだろう。

 一方、ラテンアメリカ諸国で観光客が激減した国々はプエルト・リコ、ペルー、そしてブラジルである。ブラジルは同国発のコロナ菌の新種ブラジル株のまん延により観光は大打撃を受けた。なお、ブラジル株は本年6月には日本に到来している。私は今年の2月中旬、テキサスから帰国したが、PCR検査が陰性だったにも係わらず、テキサスに滞在していたとの理由で、成田のホテルで3日間の隔離生活を命じられた。ところが、その1ヵ月後、ブラジルから帰国した私の友人(日本人)は入国に際して、何等の「御とがめ」も受けなかった。厚労省は「テキサスよりブラジルの方が安全だと認識していることになる」。可笑しいとは思いませんか?なお、米国は今でもブラジルからの旅行者の入国を禁止している。

 外国人旅行者のメキシコ入国に際しての規制緩和措置は、昨年のコロナ禍発生以来、国際的に問題視されている。WHOがメキシコの緩和に賛同していないことは、メキシコ政府も認識している。ジョンズ・ホプキンズ大学もメキシコのコロナ戦略に疑問を発している。もちろん、メキシコの医療界も規制無しには警鐘をならしている。メキシコと米国国境は、両側で不要不急の陸路による訪問者には門を閉ざしているが、メキシコの国際空港はコロナ禍にあっても閉鎖されたことはない。メキシコ空港に着く旅行者は入国に際して、健康状態に関する質問書の提出と検温だけで入国出来た。PCR検査、クアレンティンは不要だった。

2021年7月現在、メキシコ同様に入国時の検査が緩やか国は、他にアフガニスタンと北マケドニアだけである。なお、米国、カナダからの旅行客の到着が2019年の半分ほどまで回復した、11月現在、メキシコは遅まきながらコロナ・ワクチン接種証明書の提示を要求するようになった。

なぜ規制緩和をしたのか?

                 
 メキシコが外国からの訪問者へのコロナに関する規制を緩やかにして来た理由を同国保健衛生省のロペス・ガテル次官は、「他国の多くの専門家はメキシコが欧米諸国のようにコロナ禍による大惨事が起こっていないことに、期待外れしているようである。彼らは数千、数万の死者によって死体安置所が満杯になっている様を想像したに違いない。だが、そんなことは起こらなかった。メキシコはすでに国内において、コロナ菌による感染者が多数存在しているので、外国旅行者による悪影響は率直に言って少ないのである。とともに、外国旅行をするような人々は、健康な人々であるのが普通であり、病人は海外旅行などしないのが常識である。規制の厳しい欧米諸国でも感染者拡大は続いているではないか」と言って、次官は緩やかな規制を正当化してみせた。

 だが、パンアメリカン保健機構は、2月3日、メキシコでコロナ感染者と死者が増大している、と警告している。特に昨年12月に多数の観光客が到着した、人気あるビーチのある、アカプルコ、カリブ海沿岸、バイヤルタ等で新規感染者が増大しているのは、外国人旅行者の影響によると同機構は指摘している。なお、11月現在メキシコのコロナ感染者数は385万人、死者は29万人である。この数字は米国の感染者4700万に比べれば10分の1に過ぎず、日本の2倍に過ぎない。だが、コロナによる致死率(CFR)に関しては、7.57%と世界一である。米国は1.64%、第2位のエジプトは5.7%である。(Johns Hopkins Univ.による)

国民の生命より経済を重視するメキシコ

 
致死率の高いことは、メキシコの医療環境の貧しさから来ている。コロナウイルス患者の受け入れベッド数、人口呼吸器、治療薬、医師、看護師の不足が深刻である。ある女医さんは、母親の入院先を探して50の病院から空きベッドがない、といって断られ、今母親は自宅で生死の境をさまよっている、と嘆いていた。メキシコのコロナ・ワクチン接種は、必要回数の49.7%が完了しているだけで、後進国並みである。(Our World Data、10月末現在)なるほど、アメリカまでワクチン接種に来るメキシコ人が多いわけだ。なお、米国は非居住者の外国人でも接種してくれる。 

「修復不能な損害、メキシコにおける犯罪的コロナ・パンデミック対策」の著者である、ローリー・アン・ヒメネス‐フィヴィエ博士は、「メキシコは観光客不在の国家経済に与える不利益を避けたいのです。ロペス次官は疫病学者としてではなく、官僚としてメキシコ大統領の考えである、『国民の生命より経済重視説』を弁護している」と同書で政府を批判している。

海外観光客:もう一度訪れたい

 ではメキシコを訪れる海外観光客は、メキシコのリゾートの受け入れ対策をどう見ているのか、BBC電子版がリポートしている。先ず、メキシコの海辺のリゾートは普通広大な敷地にプライベート・ビーチ、ヨガ教室、ボート、ヨット等のレンタルが出来る、ビーチクラブがあるのでリゾート外に出る必要がない。薬局、コンビニ、土産物店、教会まで備わっているし、レストランも充実している。あるスペインからの旅行者は、メキシコのリゾートはスペインより衛生面で気配りが良く、いたるところにアルコール消毒スプレイがおいてある。従業員は定期的にPCR検査を受けているので、安心、安全の面で全く問題はない、と語っていた。BBCのインタビューを受けた海外観光客たちは、異口同音に「もう一度来たい」と答えていた。 という訳で、メキシコのリゾートは他の地域のメキシコとは別世界であり、欧米並みかそれ以上なのである。
 
 メキシコは1957年のリチャード・バートン主演の映画「イグアナの夜」の大ヒット以降、観光産業を「エントツのない産業」と称して政府が力を注いできた国策的産業なのである。メキシコのリゾートには世界有数の5☆ホテルも軒並み進出し、外洋クルーズ船の寄港地としても人気がある。クリスマスから新年にかけてのバケーション・シーズンは、メキシコの観光事業の書き入れ時である。今年もメキシコのカリブ海と太平洋岸のビーチは海外観光客でにぎわっていることだろう。そして、コロナ禍の現在、世界第3位の観光大国のメキシコは、あらゆる面でこの「地位」を死守する必要があることを、彼らは身をもって感じているはずである。(終わり)