沖縄から一家で大阪に出稼ぎに来た比嘉勇は、ブラジル移民へ出たい叔父から誘われ構成家族となって、帝国植民会社の秋山の引率で1934年ブラジルに渡った。サンパウロ市から約500kmの日本人殖民地弥栄村に入り、地主の渡辺少佐と妻の志津、村一番富裕な南雲農園のトキオ、樋口パウロ等と親しくなる。ヴェルガス大統領の独裁政権下で増加してきた日本人への排斥の気風が高まっていたが、ポルトガル語を学ぼうとせず日本精神を守ろうと主張する元日本軍人と称する指導者達の教育で多くの青少年が染まっていった。米国との開戦で米国側に付いたブラジル官憲の枢軸国出身移民への監視、予防拘禁が強化される中で、日本の戦況が不利となりやがて降伏となったにもかかわらず、日本の正確な情報が伝わらない日本人社会では敗戦を信じようとしない者が大勢であり、そのデマを煽る「臣道聯盟」等の愛国団体、さらには快く思わない同胞を貶めたり金儲けの手段として利用する者たちが暗躍して、ついに襲撃、殺人事件を引き起こす、後世「勝ち組・負け組抗争」と言われる敗戦認識派とあくまで日本の戦勝を信じようとする一派の対立は1952年の日本・ブラジルの国交回復の頃まで続いた。
勇も渡辺少佐の死後事実上村長になった志津の兄瀬良の指示で、村の青年とともに「敗希派」の首領と目された秋山の上司の大曽根元帝国植民支店長を殺害すべく、認識派に転じたトキオを欺き襲撃に向かう。最後は両派の間を巧みに行き来するスパイ、裏切り者、詐欺師などが入り乱れる逆転劇となったが、後年になってブラジルの日本人移民史や日系社会に関する調査・研究を行う「サンパウロ人文科学研究所」の事務を手伝うようになった比嘉の妻里子の調査で真相が明らかにされる。
ブラジル日本人移民史の一面を舞台にした大部なフィクションだが、綿密な取材で当時の日系社会の生き様が描かれており読み応えがある一冊。
〔桜井 敏浩〕
(新潮社 2021年9月 672頁 2,600円+税 ISBN978-4-10-354241-4 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2021/22年冬号(No.1437)より〕