連載エッセイ150:富田眞三 ホンジュラス前大統領、麻薬取引容疑で逮捕 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ150:富田眞三 ホンジュラス前大統領、麻薬取引容疑で逮捕


連載エッセイ147

ホンジュラス前大統領、麻薬取引容疑で逮捕

執筆者:富田 眞三(在テキサスブロガー)


写真:(https://www.bbc.com)

今年の1月27日までホンジュラスの大統領だった、フアン・オルランド・エルナンデス(53才)はサンバレンタインデーの2月14日、米国政府から麻薬取引に関する犯罪行為によって身柄引渡しを要求された。その夜、ホンジュラスの国家警察は首都テグシガルパ市の高級住宅地の前大統領の自宅近辺に警官隊を配置した。翌朝、安全保障省大臣のラモン・サビヨン指揮の警官隊によって逮捕された、エルナンデスは自宅から鎖付き手錠と足かせを付けられて警察本部へ連行された。エルナンデスの逮捕はホンジュラスの国家警察と米国麻薬取締局(DEA)との共同作戦で実施された。2月16日、エルナンデスは裁判所で彼の罪名告知と次回の口頭弁論の期日が3月16日に決定したと告げられた。

「ホンジュラス人が米国を目指す理由」

 任期が終わって一ヶ月にもならない前大統領の手錠、足かせ姿の写真は衝撃的だった。読者諸氏は3年前の2018年11月、1万人を超える、中米移民キャラバンがメキシコ国を縦断して米国国境を目指して、米墨国境を大混乱に陥れたことをご記憶だろう。その大部分を占めたのが、ホンジュラス人だった。人口900万の世界の最貧国の一つである、ホンジュラス人が幼子を乳母車に乗せて参加した母親たちを含むキャラバンが3000㌔を歩いて、米国への亡命を求めたのである。


写真:(https://www.wsj.com)

 彼らが米国を目指す理由は貧困にもよるが、多くのケースは麻薬犯罪組織による、殺人、暴力と脅迫からの逃避が主因であることが一大特徴である。WHOによると、人口10万人あたりの殺人件数No.1はホンジュラスで103.9件、2位のベネズエラは半分の57.6件である。私は米国のTVで彼らのインタービューを見たが、自国で生きて行くためには、男は麻薬組織の下部組織に入るか、女性は売春婦になるしかないのです、と一少女が涙ながらに証言していた。
もう一つのホンジュラスの移民キャラバンの異常さは、女性が全キャラバンの58%を占めていることである。この国の殺人被害者は女性が男性より多いのだ。こんなホンジュラスの麻薬、犯罪組織を牛耳っていたのが、エルナンデス前大統領だったのである。そして、移民キャラバンはエルナンデスによる、強権、恐怖、汚職政治への反感が「移民送出圧力」の原動力になっている。

  ホンジュラスは汚職まみれの後進国、世界の最貧国の一つだが、大統領選に関しては、米国並みに政党員による、公認候補の選出が行われる。同国は1865年制定の憲法によって、大統領の再選は認められているが、二期連続の立候補は禁じられている。だが、フアン・オルランドは2018年の二期目の大統領選挑戦に際し、国民党員の92.56%から再選への立候補を承認され、本選挙では僅差で当選を果たした。選挙後、これは大不正選挙だったとの批判が沸騰した。

「米国のブラックリストに載った前大統領」

選挙の度に再選を可能にするためにばら撒いた金は、麻薬取引で得た資金だった。エルナンデスと通信省大臣だった、彼の姉イルダ(ヘリコプター事故死)は、早くも弟の大統領就任の1年後の2015年には、米国連邦検察庁から麻薬取引及び資金洗浄行為の黒幕としてブラックリストに記載された。だが、この事実は2019年5月に初めて同検察庁からホンジュラス政府に通知された。

 そして、2019年10月、いよいよ米国において、彼の弟のトニーの麻薬密売容疑による裁判が始まった。起訴状には、フアン・オルランド・エルナンデス大統領は、トニーの仲介によって、メキシコ麻薬組織の巨悪中の巨悪である、ホアキン・チャポ・グスマンから100万ドルを受け取った、と記載されていた。この事実を知ると、エルナンデスはTwitterを通じて事実無根である、と抗議した。しかし、検察側の証人(ホンジュラスの政治家・アミカール・ソリアーノ)は、チャポがトニーに100万ドル渡した現場にいたこと、この資金はエルナンデスが国会議員に再選するための選挙資金だったことも証言した。他にもエルナンデスはチャポに度々金を無心していた事実も明らかになった。

チャポはメキシコで3回投獄され、三回脱獄した凶悪な知能犯だが、現在は終身刑を宣告されて、米国内の刑務所で服役している。彼の三度目の脱獄は、1.5㌔に及ぶトンネルを建設し、トロッコまで敷設していた。なお、ホンジュラスの麻薬組織はコカイン製造に特化し、米国市場への密輸はチャポのグループ(彼らの隠語ではカルテルという)が担当する、分業制を取っている。

「前大統領のキャリア」


    写真:(www.inter-americandialogue.com)

 ではここでフアン・オルランド・エルナンデスはどういう人物なのかを見てみよう。フアン・オルランドは17兄弟姉妹の15番目である。17人も子供を作った両親は裕福だった上に、敬虔なカトリック信者だったに違いない。フアン・オルランドも同じく敬虔なカトリック信者であり、ラテンアメリカの政治家としては珍しく政治信条は超が付くほどの極右かつ反共である。フアンはホンジュラス国立自治大学の法学部を卒業して1990年弁護士資格を得た。大学時代、法学部の学生会長を務めた。最初の仕事はフランシスコ・モラサン市裁判所の書記だった。1990年、国会議員となった兄のマルコの秘書に任命されたことで、保守政党のホンジュラス国民党の議員たちと知り合う機会を得た。その後、奨学金を得て、スペインへ留学して政治学を学んだ。

1994年、今度はニューヨーク市立大学へ1年間留学した。1997年、国会議員に初当選した。フアンは議員を4期務めた後、2010年、42才の若さで国会議長に選出された。2013年、彼はホンジュラス国民党から一期目の大統領選に出馬し、めでたく当選した。彼は選挙運動に際して、彼と彼の兄弟が稼ぐ麻薬資金をふんだんにばら撒いて票を買ったと批判されたが、いみじくも今回の逮捕で、フアン・オルランドが同国の麻薬取引のボスだったことが明らかになった。
  

「キューバをにらむ不沈空母」


写真:(https://www.fruitnet.com)

  ホンジュラスの主要産業である、バナナの栽培と輸出は19世紀にユナイテッド・フルーツ・カンパニー等によって運営された。だが、7000人の死者を出した、1998年の台風ミッチによってバナナ産業は壊滅的被害を受け、未だに昔の勢いは取り戻していない。現在、輸出産業の1位はコーヒーである。とにかく、ホンジュラスは米国の影響が強すぎるのである。何よりの証拠は、ホンジュラスがカリブ海に浮かぶキューバの真向かいにあるという、戦略的価値からもあるが、米軍空軍基地が存在することである。キューバをにらむ“不沈航空母艦”とよばれており、常時1500名の米兵が駐在している。中米諸国は左翼政権が多いため、米国にとってホンジュラスのこのソト・カノ基地は貴重な存在といえる。

「新大統領のシオマラ・カストロ」


写真:(https://www.multipolarista.com)

さて、エルナンデスの任期満了を受けて、1月27日にホンジュラス大統領に就任した、シオマラ・カストロ氏はかつて同国のファースト・レディーだったが、大統領だった夫のセライヤ氏は2012年の政争(クーデターといわれる)によって政権を追われた。その後、シオラマは夫の意思を次いで、左翼政党の「自由と復興党」から大統領選に挑戦し、今回ようやく全野党勢力の支援を受けて、三度目の正直で大統領の座を勝ち取った。文字通り執念の勝利だった。

なお、ホンジュラスは台湾を承認する14ヶ国の一つだが、左翼のシオマラ・カストロ新大統領は台湾承認の継続を確約した。女性大統領の登場によって、ホンジュラスがどう変わるかが見ものだが、国民、中でも女性たちの安全、安心が保障される国に変貌して欲しいものだ。(終わり)

参考資料:Wikipedia: Juan Orland Hernandez
Britannica: Honduras