『国際法の誕生 -ヨーロッパ国際法からの転換』 中井 愛子 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『国際法の誕生 -ヨーロッパ国際法からの転換』  中井 愛子


近代国際法は欧州で西欧国家体制を基調に成立したが、非欧州諸国はただそれを受け入れ容認したのではない。集団安全保障、外交的庇護、武力行使禁止などの国際秩序のドクトリンは、西欧の植民地支配に対抗するためにシモン・ボリバルが提唱した米州公法以来ラテンアメリカ諸国が欧米に先立って創ったものであった。本書は国際法の国家責任追及手段の制限として、国家と外国人の取引に当該外国政府の外交的介入排除を定める「カルボ主義」、国家が負っている債務に債権国が武力行使して回収しようとすることを禁止する「ドラゴ主義」などの国家への追求手段の制限が、米州の旧欧州植民地諸国の独立から端を発した一般国際法の規則・制度がラテンアメリカで生まれたことから説き起こしている。さらに外交的庇護が欧州では在外公館の治外法権や外交使節の特権・免除であったのに対し、ラテンアメリカでは政治的理由で追われ亡命を求めて来た当該領域国民を保護しようという人道的行為であるとの考えが出た。この既存の国際法になかった考えは欧州では初め適法性を欠くと言われたが、やがてラテンアメリカでは19世紀から20世紀初頭にかけて5つの地域的諸条約が結ばれ、地域的多国間条約として具現化された。同様に植民地から独立する過程で、植民地の領土確定・国境画定を尊重するという原則である「ウティ・ポシデティス・ユリス」もラテンアメリカ諸国間の地域的国際法から一般国際法になっている。

本書は、これらのラテンアメリカ諸国が西欧の支配に対抗するために創った国際法が適用された事例を具体的に挙げ、国際法が西欧から発展した国際秩序であるとのこれまでの常識を覆す、大部ながら読み応えのある意欲作である。著者は、中央大学法学部卒業後ブリュッセル、パリ、東京大学で修学し法学博士号を取得、現在大阪市立大学大学院で国際法を講じる准教授。

〔桜井 敏浩〕

(京都大学学術出版会 2020年11月 626頁 5,900円+税 ISBN978-4- 8140-0258-0 )

〔『ラテンアメリカ時報』 2022年春号(No.1438)より〕